DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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Brahms Symphony No.2

Eugen Jochum

Wiener Philharmoniker


Altus (ALT072/3)



「玉虫色」というと、日本人的な日和見主義の争い事を避けようとする曖昧な決断を揶揄し、あまりいい意味では使われませんが、実際の玉虫色はそれはそれは美しく、昆虫がこのような美しい翅を持つなど神様は粋なことをしてくれると感嘆します。五年程前に妻の実家に帰省し屋外プールで遊んでいたら、偶然玉虫が飛んできてその美しい姿を見せてくれました。

tamamushi.jpg

何十年かぶりに生きている玉虫を見ましたが、古代装飾品としてしばしば使われたのも納得の美しさでした。しばしその美しさに見とれ、その後あまりの神々しさに畏れ多くて野に放したのを覚えています。

さて、ウィーン・フィルは必ずしも一番好きなオーケストラではありませんが、やはりその響き、特に弦楽器の美しさには抗しがたいものがあります。それは「玉虫色」と呼ぶに相応しい響きではないでしょうか。単色ではなく、光の加減によって自在に七色に輝く。プライドが高く扱うのは難しいそうですが、はまったときは無二の演奏を聴かせてくれます。

ヨッフムにはEMIにロンドン・フィルと残したブラームスの全集がありますが、そちらはヨッフムらしい大らかさがあり、ドラマティックでカロリーも十分、語彙と句読点がはっきりした名演奏でした。そのヨッフムがベームの追悼演奏会として、ベームと共に歩んだウィーン・フィルを振ったのがこの演奏です。ヨッフムの大らかさとウィーン・フィルの美しい玉虫色の響きと繊細さ、そしてブラームスの「田園交響曲」とも呼ばれる牧歌的で明朗な曲の幸せな組み合わせです。

ヨッフムの大らかさをウィーン・フィルの繊細さが埋めているようです。全編において玉虫色の弦の美しさは特筆大書すべきでしょう。ヨッフムの揺らすテンポもウィーン・フィルが見事にアンサンブルを締めており、全てが堂に入ってヨッフムにありがちなやにっこさがありません。一楽章冒頭の低弦の歌い方からやはりウィーン・フィルです。その後ヴァイオリンがメロディを奏で始めると、本当に音がキラキラと七色に輝き始めます。特にその威力が発揮されるのは二楽章でしょう。粘るチェロの歌、続くヴァイオリンも夢見心地の美しさです。また三楽章の木管も最高に美しいです。

四楽章はヨッフムらしい勇壮な演奏です。コーダの低弦の強調は物凄く、初めてCDショップで視聴したときは鳥肌が立ち体が熱くなりました。

残念ながらヨッフムとウィーン・フィルの共演は少なく、録音も数えるほどしか残していません。この演奏を聴く限り、対照的な朴念仁とも言うべき職人肌のヨッフムと、気難しいが艶のあるウィーン・フィルは意外といいコンビなのかもしれません。

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Brahms String Sextet No.2

Verdi Quartett
Hermann Voss (Vla)
Peter Buck (Vc)


hänssler (98.518)



もしも、写真を音楽に変換出来る「写音変換器」を使って、とぼとぼと歩く晩年のずんぐりとしたブラームスの写真を変換したら、このような演奏になるのではないでしょうか(似たようなことが出来るスマートフォンのアプリがあるようです。)。内省的な音楽の内省的な演奏。ブラームスの音しかしないこの曲の理想的な演奏です。派手さや過度の重厚さは一切なく、曲が盛り上がっても音は沈み込み、不器用で切なさすら感じる歌。最初聴いたときは地味な印象を受けましたが、聴けば聴くほど心に浸透していきます。そしてあまりに愛おしくなり心の宝物になる、そんな演奏です。不惑を越え、人生を折り返した私の心をつかんで離しません。

ブラームスの弦楽六重奏曲は1番のほうが有名で人気がありますが、私は内省的な2番をより好みます。2番は以前紹介したライプツィヒSQのカップリングをよく聴いていましたが、ヴェルディSQの演奏は現代的で洗練されたライプツィヒSQの演奏とは対照的です。クレジットを見てびっくりしたのですが、共演するのはヴェルディSQの師匠格にあたる敬愛するメロスSQの二人ではないですか!それを見て演奏の方向性と名演の誕生に妙に納得してしまいました。

例えば一楽章の大好きな第二主題(2:21)。私はここに晩年のブラームスの中の繊細で純粋な少年の心を聴きます。その純粋さに涙を抑えることが出来ません。コーダ(13:03)からは心をえぐる歌が盛り上がっていく様はとても感動的です。
二楽章、(3:24)からのフォルテでも決してわめくことなく、かっこつけることなく、淡々としている中に真実の音があり無類の説得力があります。全く軽薄さがありません。
三楽章、静かな楽章では無類の寂寥を湛えます。盛り上がってから戻ってくるところ(4:51)など白眉でなんて切なく美しいのだろう!
頭でっかち尻つぼみなブラームスの室内楽にあって、この四楽章は聴かせます。

シューベルトでも素晴らしい演奏を聴かせてくれたヴェルディSQ。現代の迷走する弦楽四重奏団とは一線を画した、「演奏」よりも「音楽」を感じさせてくれる数少ない団体として、今後も注目していきたいです。

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Brahms Piano Conterto No.2

Hans Vonk
Vladimir Feltsman
Kölner Rundfunk Sinfonieorchester


Camerata (CMCD-25033)



この曲に絶対に必要なもの、それは「静寂」ではないでしょうか。

永遠の名盤、バックハウス盤は無限の静寂を湛えていましたが、このフェルツマンの演奏も静寂を湛えています。しかも、それが実に巧妙に織り込まれているのです。表面的には渋いバックハウス、情熱的なフェルツマン。表面的な表現は異なっても根底に流れる本質は同じなのです。

フェルツマンの打鍵は情熱的かつ強靭で、その音一つ一つに強い意志が宿っており、強烈な求心力があります。しかしさらに凄いのが、その強さの中に普通なら共存しにくいと思われる「静寂」も宿っているのです。ただの轟音だけでは決してこの曲は表現出来ない。フェルツマンの音にはその不可欠な要素が確かに存在しているのです。それはまるで、最近東京で公開されて話題になった阿修羅像同様、奈良興福寺に安置されている四天王立像のようで、力強く躍動感がありながら、非常に繊細でどこか静寂を湛えています。冒頭のホルンに続くピアノの意味深く、深々とした音を聴けばそれが分かるでしょう。

フォンクによる伴奏の素晴らしさはベームを上回ります。伴奏の範疇を超え、フレーズの一つ一つが心を打ちます。これを聴くと他の伴奏の何と無味乾燥なことか!二楽章の重厚かつ深い音、軽くなりがちな四楽章の充実ぶりなど、これ以上は考えられません。音により厚みと深みがあり、ベーム盤にはない魅力になっています。

フェルツマンとフォンクによる至高のブラームスの二つのピアノ協奏曲。マイナーな演奏ですが、この二つの演奏はきっと宝物になることでしょう。

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brahms_pcon1_feltsman.jpg

Brahms Piano Conterto No.1

Hans Vonk
Vladimir Feltsman
Kölner Rundfunk Sinfonieorchester


Camerata (CMCD-25034)



この曲の真価に開眼させてくれた演奏です。この一枚さえあれば、この曲は十分とさえ思えるほど、心酔しています。また協奏曲という演奏形態の最高の姿を提示しているといっても過言ではありません。

私はこの曲がどうも苦手でした。壮年期の作で成熟した2番と比べ、若書きで協奏曲の概念を変えようとした意欲作であるが故に、どこか聴いていて気恥ずかしい感じがしてしまうのです。大仰なマエストーソの冒頭を聴いただけで、拒否反応が出てしまいます。
ある程度人生の辛酸を舐めてしまった大人は、若者にありがちな勢いだけの未熟な主張を、どこか覚めた目で見てしまいます。しかし、そこに嘘偽りがなく、若者が真剣な眼差しで情熱的に語れば、忘れていた何か熱いものが呼び起こされるに違いありません。この演奏はこの曲に真摯に向き合い、情熱に溢れ、稀有なまでの真実味に溢れています。

フェルツマンとフォンク。独奏、伴奏ともにこれ以上はありえないという充実ぶりです。独奏と伴奏のなんという一体感!そこに主従はなく、共に熱く歌い、時に熱く語り合う。その対話している様が本当に素晴らしく、音楽以上のものを感じさせます。

フェルツマンのピアノは常に豊かな歌に溢れています。熱い想いが迸る一楽章提示部(8:48)、再現部(18:55)からなど、中途半端な演奏だと恥ずかしくなってしまうフレーズが、これほど胸を打つことはありません。展開部の入り(10:28)、再現部入り(13:19)などはその強靭な精神力とともに迫ってきます。しかもそのような強音でもクリスタルのような磨かれた美音は揺るぎません。

フォンクの伴奏は唯一無二。やはりフォンクは真の芸術家です。その途切れない緊張感と細部まで配慮の行き届いた繊細な歌はフォンクの面目躍如です。一楽章、提示部、展開部での第二主題(7:57)、(18:03)の繊細で優しい歌はどうでしょう。心をえぐられずにいられましょうか。また、フォルテでのなんと深々とし、中身の詰まった充実した響き!緩徐楽章の二楽章の伴奏が素晴らしいのは必然と言えます。

三楽章、軽くなりがちなこの楽章が、なんと意味深く説得力のあることか。第二副次主題の(4:00)からのなんとふくよかで優しい歌!二つ目のカデンツァの前、ロンド主題が長調になり奏でられる後、テンポを速めて駆け抜ける(10:52)その青春の息吹に涙が止まりません。この感覚は私の大好きな弦楽六重奏曲の一楽章に似ています。そして二つ目のカデンツァの後のコーダの高揚感!少し未熟で酸っぱくありながら、前に進む力を与えてくれます。

フェルツマンとフォンクが残してくれたもう一つのピアノ協奏曲もベーム/バックハウスに匹敵する素晴らしい名演で、この二つの演奏は一生大切にしていきたい家宝というべき演奏なのです。

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Brahms Piano Conterto No.2

Karl Böhm
Wilhelm Backhaus
Wiener Philharmoniker


DECCA (448 600-2)



天邪鬼の私は世評の定まった演奏を敬遠する悪い癖があります。世評が定まった演奏を悪いとは言いませんが、どうも天邪鬼ぶりを発揮して「人が良いと言うから良いというのはおかしい。他にも良い演奏があるだろう。」となってしまうのです。それでは逆贔屓になってしまう。

でもやはり、良いものは良い。久しぶりにこの演奏を聴いて、いきなり冒頭のホルンの後の深々としたピアノに心を奪われ、涙を流してしまいました。なんと言う深みのある音!これは到底他のピアニストが出来る芸当ではないと改めて感じました。打鍵のたびに虹色の波紋が周りに静かに広がる。その虹色は決して幸せの虹色ではなく、人生の辛苦を背負った哀しい虹色なのです。強音部でも効果を狙った安易な表現ではなく、七分の力で一音一音噛み締めるように大切に奏でられるその一つ一つの音にいちいち感動させられ、普段この曲を聴いて涙を流さないちょっとしたフレーズにも涙を流してしまいました。

例えば一楽章、(0:37)からはもっと強い打鍵で力強く演奏するものも多いですが、バックハウスは七分くらいの力で弾く。そこから湧き出る哀愁の量は計り知れません。さらに素晴らしいのは展開部に入ってから(9:37)で、哀しい虹色の波紋があたり一面に広がり、その波動が心の奥にまで入ってきて涙が止まりません。そして再現部で一番好きなところ(14:44)での弱めに奏でられる信じられないほどの深み!過ぎ去った遠い過去から響いてくるかの如く遠鳴りする様に涙を禁じ得ません。

やはりバックハウスは稀有な演奏家でした。

最近評判になったシャイー/フレイレの演奏は、南欧を思わせる明るい響きなのはいいのですが、やはりどこか深みに欠け、心の奥にまで染み入ってくることはありませんでした。この曲に不可欠なものが欠けているように思えるのです。改めてブラームスの壮年期以降の曲には演奏者の年輪の重ね方が演奏の善し悪しに関係するのではないかと考えています。

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ここ数日ブラームスの協奏曲ばかり聴いています。ヴァイオリン協奏曲、それと特に二つのピアノ協奏曲。このブログを長くご覧になっている方には意外に思われるかもしれません。極端に協奏曲のエントリが少ないのです。

私が協奏曲を苦手とする理由に、比較的調和型アンサンブルを好むことと、協奏曲には独奏、オーケストラ双方が優れた演奏が少ないこと。それに相性という更に難しい要素も加味されます。
ブラームスの協奏曲は管弦楽が分厚く、協奏曲然としていないのと、幸運にもブラームスの協奏曲には独奏、オーケストラ双方が素晴らしい名演に恵まれています。

三年前に似たような感じで体調を崩した後も夏なのにブラームスばかり聴いていましたっけ。元気なときにはその重々しさと湿り気を敬遠したくなるのに、何故かこういうときはブラームスです。ブラームスの「繊細さ」に共鳴するのかもしれません。


さて、ブログ界でも以前ご縁があった方々と疎遠になったりするのは元来人好きな私としては一抹の寂しさがあるのですが、元々実生活でも「来るもの拒まず去るもの追わず」をモットーにしておりますので、長く続けていれば何かいいことがあるだろうというスタンスで、マイペースに続けていってみようと思います。


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brahms4_vonk.jpg

Brahms Symphony No.4

Hans Vonk
Saint Louis Symphony Orchestra


PentaTone (PTC 5186318)



告白しましょう。私はこの演奏を聴いて本当に何年かぶりにブラームスの4番を聴いて号泣したのです。

ここにはクライバーの颯爽さ、ザンデルリンクのような重厚さもありません。ひたすら誠実に丁寧に歌が紡がれていきます。一音たりと弾き流されることはなく、一音一音が大切に奏でられます。それゆえの独特の透明感があります。ここにはブラームスの音楽に不可欠だと思われていた「うねり」がありません。ブラームスの音楽にはうねりがないと感動できないのか?否。この感動はうねりに巻き込まれて心揺さぶられる感動ではなく、内側からジワジワと共感し、それが広がっていく感動なのです。恐らくこの演奏を聴いてなぜそこまでに感動するのかとお思いになる方も多いでしょう。もしかしたら、そこにあるのがブラームスの音楽の本質ではないか、今まで気がつかなかったブラームスの音楽の本質にまた一歩迫ることが出来たのではないかと、あらぬ自己満足の妄想を抱いているのです。

フォンクの音楽は一聴素っ気なく、平凡に聴こえます。しかし耳をそばだて感覚を研ぎ澄まして耳を傾けると、そのフレージングの見事さに驚きます。フレーズの浮き沈みが緻密に計算され、全体としても構成感を失っていません。音量は見事にコントロールされ、絶妙なデュナーミクがフレーズに奥行きを与えています。またそれが自然でチェリビダッケのような人工臭がしません。「職人肌」とは「天才肌」に対するアンチテーゼとして用いられ、天才肌の指揮者よりも一段低い扱いを受けていますが、私は最上の賛辞としてこの言葉を用いたいと思います。いったいここまで音楽と深く共感し、理解している音楽家が何人いるでしょうか。
また驚くべきはその音色です。およそ、アメリカのオーケストラとは思えないまろやかで豊潤な音がするのです。淡いワインレッドの音。これはフォンクの芸風によるところが大きいのでしょう。前回のドレスデン・シュターツカペレと同質の美質を兼ね備えており、オケの力だけではないということが分かります。そして、聴いていて最も感じることは、オーケストラのメンバーの奏者のベクトルがそろっており、大変共感に溢れているということです。これが更に音楽を感動的にしているのでしょう。その共感の深さに心打たれます。

一楽章は一聴素っ気なく聴こえるでしょう。ですが、丁寧に奏でられた綿雪のように繊細な第一主題は心にふっと溶けていくようです。決して枯れてはおらず、適度な緊張感が保たれています。

二楽章は絶美。第一主題変奏(2:42)の優しさに満ちた美しさ!フレーズ一つ一つが優しく語り掛けてきて慈愛に満ちています。もうここだけで号泣してしまいます。そして続くチェロによる第二主題(3:46)のなんと繊細なこと!フレーズの消え行く様は言葉にならず、フレーズの最後まで愛おしそうに奏でられます。(8:06)からまたあの第二主題が弦楽器で厚みを持って奏でられるとき、涙が溢れてどうしようもなくなっています。

三楽章はありがちな推進力に満ち颯爽とした演奏ではありません。ですが、内側からエネルギーが放出され大変感動的です。この楽章を持ってこの演奏が気の抜けた演奏ではなく、内部に莫大なエネルギーを宿し、緊張感溢れる演奏であることが証明されるでしょう。一音一音確かな足取りで奏でられ、そのエネルギーに体が熱くなります。コーダのエネルギーの大きさには息が出来なくなり、涙が出ます。

四楽章、エネルギーが爆発します。相変わらず一音一音丁寧に奏でられますが、そこにエネルギーが充満しています。

4番はブラームスの傑作だと頭では理解していながら、重々しくてなかなか聴く機会がありません。共感度も低いほうです。ですが、このフォンクの演奏により、激しく共感する自分を発見しました。

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