DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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Bruckner Symphony No.5

Herbert Blomstedt
Leipzig Gewandhaus Orchestra


Querstand (VKJK 0931)




「草食系指揮者」。「草食系」という言葉は巷ではあまりいい意味で使われませんが、「草食系」であることはブルックナー指揮者に必要な資質であると思うのです。ここで言う「草食系」とは、感情剥き出しにて自我を押し通すスタイルの音楽ではなく、作曲家に奉仕し神に奉仕する音楽家を意味します。菜食主義者で敬虔なキリスト教信者で知られるブロムシュテットは、まさに「草食系」であり、ブルックナー指揮者である資質を持った指揮者だといえるかもしれません。シュターツカペレ・ドレスデンとのブルックナーの名演で知られるブロムシュテットですが、近年晩年になりさらに深みを増し、いよいよ過去の名だたる名ブルックナー指揮者たちの仲間入りを果たした感があります。

全てが堂に入った演奏。ブルックナーに必要な美しさ、力強さ、深さ、呼吸、全て揃った稀に見る名演です。CD一枚に収まる演奏時間でも呼吸は深く、CD一枚に収まるブル5ではトップを争う演奏でしょう。

大地を踏みしめるような力強くスケールの大きい一楽章、三楽章、とても美しく深い慈愛に満ちた大好きな二楽章。一切弛緩することなく巨大なフーガの伽藍を築き上げる四楽章。そして夜空を越えその先の宇宙へ広がっていく巨大なコーダ。何一つ足りないところはありません。

さて、数年前にブロムシュテットとN響のブル7を聴きましたが(コンサートマスターは元シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスターだったミリング!)、カーテンコールに呼び出されて舞台で頭を下げるブロムシュテットは、後光が差すような澄んだ笑みを湛え、その姿を見るだけで涙が溢れました。少しでもあのような歳の取り方をしたいと思わずにはいられません。

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Bruckner Symphony No.6

Herbert Blomstedt
Leipzig Gewandhaus Orchestra


Querstand (VKJK 0816)




前回のヨッフムのブル6の冒頭でブルックナーの音楽は男性性だと言っておきながら、再び「乙女」というのはいささか奇妙に映るかもしれません。ヨッフムのブル6を大らかな「肝っ玉母さん」に例えるなら、繊細で瑞々しいブロムシュテットはさながら「乙女」でしょうか。細部まできめ細かく配慮が行き届いており、繊細ながら神経質なところは皆無。聴きながらしっとりした感動に包まれます。この「しっとり感」がこの演奏の特徴と言えるかもしれません。

ゲヴァントハウス管とブルックナー全集を完成させたブロムシュテットですが、初期に録音した8番や7番は少し呼吸の浅さが気になったものの、この演奏はそのようなことは一切なく、細かくコントロールされたアゴーギグやデュナーミクも自然で堂に入っており、ブルックナーに必要な呼吸感があります。

一楽章(1:38)からの第二主題、再現部の(10:40)はやや停滞気味に弱めに奏でられ繊細でしっとりしています。先のヨッフムのブル6でも書いたことですが、最近はここをゆったり美しく歌う演奏に惹かれ、神々しいコーダと共に聴くポイントになっています。コーダのリタルダンドも自然でアンサンブルが崩れることなく完璧に決まっています。

二楽章も繊細さが際立っています。多少線が細いヴァイオリンの調べは決して神経質ではなく、聴く者に緊張を強いません。またテンポの動きが絶妙で、(14:41)からのフレーズの着地は素晴らしく、心ゆくまで歌います。

今や押しも押されもせぬブルックナー指揮者となったブロムシュテット。次は5番を紹介したいと思います。

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Bruckner Symphony No.6

Eugen Jochum
Amsterdam Concertgebouw Orchestra


TAHRA (TAH443)



ブルックナーの音楽はどちらかというと男性性であって女性性ではないと思います。粗野であり、ワーグナーのような甘美さはなく、どこか乾いています。しかしこの曲は私にとっては「母なる音楽」と呼ぶべき存在です。精神的に参って音楽すら聴かなくなってしまった時、必ず最初に帰ってきて癒してくれるのがこの曲なのです。

ヨッフム晩年の神経質にならない懐の深い音楽が、疲れた心を癒してくれます。似た傾向にあるライトナー晩年の演奏と共に、もっとも私の心を癒してくれるブル6です。ライトナーは力が抜けて幽玄な趣がありましたが、このヨッフムの演奏はより直接的な力強さがあります。全体的にゆったりしたテンポで大らかに鳴らします。そのテンポは作られたものではなく、人間の生理が生み出したとても心地よいテンポです。また、この演奏は伝説の最後のライブ録音の1986年の5番、同年日本での7番、1984年の8番と共に、ヨッフムとコンセルトヘボウ管との素晴らしい演奏の記録です。

まず、その証左となるのが一楽章(2:00)からと再現部の(11:23)からの第二主題。最近はここをゆったり演奏してくれないと満足しなくなってしまいました。特に(12:09)からのヴィオラに乗せたヴァイオリンの調べは慈愛に満ちて陶酔的ですらあり、涙を禁じ得ません。

もちろんこの曲で一番好きなところである一楽章コーダは言うまでもなく、壮年期のヨッフムのように作為的にテンポを揺らすことも煽ることもなく、悠然と音楽を鳴らします。そしてなんという慈愛!これを「母なる音楽」と呼ばず、なんと呼ぶのでしょう。

二楽章もライトナーと同傾向の演奏で、こちらも強めに鳴らしゆったり歌う音楽で、安心して身をゆだねることができます。

残念ながらこのCDをリリースしたTAHRAレーベルは、運営していたトレミヌ氏の逝去により解散してしまいました。数多くの伝説的な名演をリリースしていたのでとても残念です。

さて、久しぶりにブログを書いてみました。どれだけの頻度で書けるか、また続けられるか分かりませんが、まずは再びここで自己表現を始めてみようと思います。

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Bruckner Symphony No.6

Ferdinand Leitner
Basler Sinfonieorchester


ACCORD (204372)



音楽を再び聴くようになると必ずこの曲に手が伸びます。この曲はいつも自分の音楽の中心にあり、それくらい心から愛しているのです。

フェルディナント・ライトナー最後の録音。一部のファンから神格化されている演奏です。以前、南西ドイツ放送響との演奏を紹介しましたが、この演奏はそれをさらに上回るのではないでしょうか。ブルックナーの6番の中でもトップになりうる演奏だと思います。

全身を優しく包み込む宇宙的な母性。ヴァントチェリビダッケのような神経質さはなく、この演奏には無類の包容力があります。オリオン座の小三つ星、真中のオリオン星雲では星が常に誕生しています。暖かな原始雲は星を育むゆりかごなのです。

残響の多い会場と高齢だったライトナーの身体能力のせいか、テンポは遅く(南西ドイツ放送響盤よりもトータル約6分も長い)、音がカッチリと出ず少し拍より遅れて出ます。音は強奏でも硬質にならず、ふくよかな響きを失いません。それにより、南西ドイツ放送響盤であったライトナーならではの構築感は減退していますが、そのかわりに懐の深さがあり、聴いていて深い安堵感に包まれます。アンサンブルの精度は決して高くはありませんが、むしろそれがプラスに働いています。強弱指定はそれほど厳密ではなく、この曲の特徴である付点と三連符の区別も曖昧である意味大らかです。しかし曲の本質を捉えるどころかそれを超えるような神々しさがあるのです。

一楽章冒頭、第一主題の全奏(0:53)では縦の線がずれていますが、それは小さな傷に過ぎません。第二主題(1:45)の停滞する寸前のゆっくりとしたふくよかな歌。そして第三主題(3:57)からの信じられない優しさと美しさ!一楽章提示部はこれまでに優しく美しい音楽だったか!そして大切な大切なコーダ。低弦の刻みの上をホルンとオーボエが二重奏で第一主題を奏でるところ(15:15)は聴いて泣かなかったことがありません。学生時代に演奏したときも目に涙を溜めながら弾いていました。ブルックナーの音楽で一番好きなところです。ライトナーの演奏は神がかり的で、ここに神の慈悲を感じずに何を感じろというのでしょうか。聴いていて涙が止まりません。これ以上の演奏は考えられません。楽器の音は一切せず、そこには暖かな原始雲があるだけです。

神々しい二楽章。もうこの世の響きではありません。必要以上に弱く、音を細くして神秘さを演出するようなあざとさはなく、むしろ大きめに豊かに鳴らします。冒頭の低弦の動きも強めで時にうなるほどです。しかしそれが響きの豊かさにつながっています。ラルゴの沈降(4:33)、最後のオーボエの歌(16:15)から終曲までなどあまりの美しさに眩暈を覚えるほどです。

物凄い久しぶりに聴いてみて、これほどまでに偉大な演奏だったかと驚きました。このCDは発売後すぐに廃盤になったようですが、何らかの形で復刻されることを切に願います。これだけの演奏が廃盤であることは、人類にとって大きな損失だと思うのです。


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Bruckner Symphony No.8

Bernard Haitink
Staatskapelle Dresden


Profil (PH07057)



シュターツカペレ・ドレスデンによるブルックナーといえば、EMIに残したヨッフムの全集が有名でまず頭に浮かびます。このヨッフムの演奏は好きですが、極端なアゴーギグや不鮮明な録音で必ずしもベストというものではありませんでした。

さて、シュターツカペレ・ドレスデンによるブルックナー演奏は大宇宙よりももっと身近な自然を感じさせます。星たちが瞬く天空よりも、神秘的で薄暗い杜。かといってそれが世俗的とか他の厳しい演奏と比べて劣るということではなく、ブルックナーの音楽の一つの側面だと思うのです。その「杜の音」がするブルックナーで素晴らしい演奏が発売されました。

この演奏はブルックナーの8番のトップクラスに位置する演奏です。ハイティンクのブルックナーの8番ではウィーン・フィルと残した演奏が有名ですが(なんとこれも既に廃盤!)、個人的にはそれを上回る演奏だと思いますし、最近の8番の中では突出した名演ではないでしょうか。

素晴らしいのはその緊張感で、常に高い緊張感が支配しています。そして音の密度が高く、重量感があります。録音でありながらオーケストラが最大限鳴り切っていることが分かります。また、高い緊張感に支配されてはいるものの、音は決して鋭角的で硬くならず、しなやかさがあります。ティンパニが轟き金管が雄叫びをあげる最強音でも、特定の楽器が突出することなくバランスは最上に保たれ、絶妙にブレンドされます。これはハイティンクのハーモニーに対する嗜好とシュターツカペレ・ドレスデンの特長とが成せる技でしょう。無論、このオーケストラ特有の弦の美しさと金管楽器のまろやかさは言うに及びません。この演奏を聴くと改めてハイティンクがシュターツカペレ・ドレスデンのシェフを早期に辞任したことが悔やまれます。

ハイティンクならではの細部まで神経の行き届いたアゴーギグとデュナーミクとが、ブルックナーの杜を伝えて止みません。その表現は神経質にならずに非常に自然です。わずかなテンポ・ルバートによりブルックナー・ゼクエンツもしつこくなりません。一楽章(14:07)、三楽章(21:55)などの全奏時に所々に見せる溜めが極大のスケールを生み出しています。ティンパニも凄いです。その存在感は往年の名手ゾンダーマンを彷彿とさせます。四楽章のコーダなど場面場面でアンサンブルを完全に支配しています。

メンバーの世代交代が進んだので、フルートのワルター、オーボエのマーン、ホルンのダム、ティンパニのゾンダーマンらの全体と調和した絶妙な個人技を堪能することはもはや叶いませんし、音色もこのオーケストラ独特の木質感が失われつつありますが、それでも急速な勢いで世界の均質化が進むなかで、比較的良き伝統を守っているオーケストラではないでしょうか。是非とも「杜の音」を守ってもらいたいです。

今後シュターツカペレ・ドレスデンによる最近の録音のブルックナーをいくつか取り上げたいと思います。

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Bruckner Symphony No.5

Kurt Eichhorn
Symphnieorchester des Bayerischen Rundfunks


CAPPRICCO (08-10 609)



「聖フローリアン・ライブ」といえば、朝比奈/大フィルのブルックナーの7番があまりに有名ですが、他にもこのアイヒホルン、ブーレーズやウェルザー=メストらがブルックナーの聖地、聖フローリアン教会大聖堂でライブ録音をしているようです。今日はもう一つの「聖フローリアン・ライブ」、隠れ名盤のアイヒホルンのライブ録音を取り上げます。この演奏もヨッフムの演奏のように一度廃盤になって復活しましたが、残念ながら再度廃盤になってしまいました。

ヨッフムの演奏がなければ、ブルックナーの5番のベスト1になりえた演奏でしょう。音楽の密度においてさすがにヨッフムに劣りますが、実に純度の高い癖の無い純粋なブルックナーを聴かせてくれます。指揮者の体臭がせず、清潔な響きで清々しく大変心地よい。大宇宙の波動よりも、丘を駆け上がる若草色の風を感じます。
聖フローリアン教会大聖堂の豊かな残響に包まれ、最強音も重量感があるものの、角が取れて心地良い響きになっています。恐らくこの残響の長さに抵抗がある人がいるかと思いますが、逆にこの残響に身を浸してみましょう。何かコンサートホールとは違う響きに新鮮な感動を覚えます。
また、オケの実力も特筆すべきでしょう。アイヒホルンはリンツ・ブルックナー管と多くのブルックナー録音を残していますが、オケが多少非力だったのは否めませんでした。しかしこの演奏は天下のバイエルン放送響です。ライブ録音ながら傷はありません。

祈りの量ではヨッフムに劣るものの、二楽章の爽やかな響きは心洗われます。体の中を透き通った風が駆け抜けます。
三楽章の最強音では残響により完全に音が飽和しているのですが、それが独特の効果をもたらしています。
四楽章のコーダのための効いた爆発も最高です。スケールも極大で、天上から音が降り注ぎます。最後の一音が消え行く様は聖フローリアンならではのものでしょう。

ヨッフムの神がかり的な超弩級の演奏もいいですが、アイヒホルンの爽やかな演奏も捨てがたく、時々聴きたくなります。
ヨッフムチェリビダッケの来日ライブ、このアイヒホルンとウィーン・フィルによる二つの異色の演奏、シューリヒトとクレンペラーの演奏があれば、5番は満足してしまいます。


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Bruckner Symphony No.5

Eugen Jochum
Amsterdam Concertgebouw Orchestra


TAHRA (TAH247)



長年この演奏のレビューを書こうと思ってきましたが、機会を逸していました。再発売記念レビューです。ついに伝説の演奏が再発売されることになりました。この演奏が今まで廃盤だったことは人類にとって損失以外のなにものでもありませんでした。

ブルックナーの演奏史上、究極の演奏を挙げよと言われたら、ヴァント/ミュンヘン・フィルの9番、そしてこのヨッフム死の三ヶ月前のライブ録音の5番の二つを挙げるでしょう。何もかもが「完璧」です。何一つ欠点がありません。一体この職人タイプの指揮者が達した最晩年の境地とはどのようなものだったのでしょうか。音楽の大きさ、懐の深さ、そして自然さ。そう無類の自然さを獲得しています。遅めのテンポながら音楽は一切弛緩せず、細かいアゴーギグ全てに必然を感じます。素晴らしい演奏ながらも違和感を感じずにはいられなかった壮年期のブルックナーの演奏のような「くどさ」が一切ありません。究極に優れた音楽は時に音楽であることを忘れさせるほどの自然さがあります。

全ての楽章が素晴らしいですが、特筆すべきは二楽章でしょう。これ以上の二楽章は考えられません。私が5番の二楽章を心から愛するのはこのヨッフムの演奏があるからなのです。「静」よりも「動」の要素が大きいが故に、他の交響曲の緩徐楽章よりも低く見られがちなこの楽章が、こんなに美しくも慈愛に満ちた音楽だったとは!
これほど慈愛に満ちた美しい二楽章を他に知りません。正に言語を絶する美しさ。ただ音響的に磨かれた表面的な美しさではなく、神の慈悲に満たされています。全てを預けたくなる深い安堵感。ただただ音楽と一緒に深く呼吸し、気の遠くなるほどのスケールで流れる天の川に身を委ねるだけです。第二主題(2:45)の懐の深さは一体何なのだろう!遥かに言語を絶しています。ここだけでも奇跡です。(5:11)からの低弦のトレモロにのって、ホルンが第二主題を奏でるところなど空から幾万もの星が降ってきます。そして第一主題が戻ってくる(14:48)からは何度聴いても涙が止まらず、ボロボロになります。「天使の粉」ともいうべき光が体を包み、大きなエネルギーに体を天までもっていかれてしまいます。

四楽章の音楽の持つエネルギーも凄まじいものがあります。それは決して浮き足立ったものではなく、大地から湧き上がる地鳴りのような凄みがあります。コーダは完全に人間界を超えています。そこから放出されるエネルギーは他を圧倒しています。あまりの音楽の大きさに息が出来ず、体がガクガク震えてしまいます。そう、ヴァント最後の日本公演で感じた「感動を超越した感動」がそこにはあるのです。恐らくこの演奏も生で聴いていたら生命の危機にさらされていたことでしょう。

このレビューを書くために久しぶりにこの壮絶な音楽に向き合いました。今、私はこの音楽を聴ける時代に生きる悦びを噛み締めています。

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