DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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細々とやってきた第九特集ですが、もっとエントリしたいものがあったのですが、年始まで引っ張ってもしょうがないので、これで終了させていただきます。
未エントリで、エントリ予定だったものは、

・フルトヴェングラー/フィルハーモニア管、ルツェルン音楽祭ライブ(TAHRA)
・ジュリーニ/ベルリン・フィル(DG)
・ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン、ライブ(LASER LIGHT/DELTA)
・フリッチャイ/ベルリン・フィル(DG)

以上ですが、機会があったら取り上げたいと思います。
改めて聴きなおして、クーベリックのライブの一位は揺らぎませんでした。コンヴィチュニーの再発見は今回の企画で最大の収穫でした。このような企画をすると、しばらく聴いていなかった演奏に向い合うことができるので、いいですね。次は9番つながりで、ブルックナーの9番、マーラーの9番特集でも考えてみましょうか。(うう、重い・・・)

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beet9_norrington.jpg

Beethoven Symphony No.9 "Choral"

Roger Norrington
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart


haenssler CLASSIC(CD 93.088)



ノリントンのベートーヴェンは、「ピリオド奏法」とか「新ベーレンライター」とかいう括りを遥かに越えてしまっていると思う。私が聴いたこの手の演奏の中では一番感動的だ。この手の演奏で草分け的存在のジンマンよりも、よっぽど面白く感動的だ。ノン・ビブラート奏法による透明な響き、物凄い推進力、爆発するソリッドなティンパニ、徹底度が桁違いだ。ジンマンが「お遊び」で終わってしまっているのに対し、ノリントンは「命がけ」といった感じだからである。ノリントンの演奏には尋常ならぬ切迫感があり、聴いていてハラハラ・ドキドキする。私は軽い第九は好みではない。やはりこの曲は、人類史に燦然と輝くモニュメントのような重要な曲なのだから、楽しませるだけでなく、心から感動させて欲しいと思ってしまう。
前回のヴァントとは対照的にすべてが個性的で、いたるところ耳慣れない表現が続出するので、それぞれを取り上げていると大変だ。一楽章冒頭の空虚五度の弦トレモロは、初めて聴くような「ざわめき」感だ。
三楽章は速い速い。これがアダージョ?と思ってしまう。しかし、フレージングが見事で、せかせかした感じが全くしないのは流石だ。テンポというのはあくまで相対的なものだということを再認識させられた。ノン・ビブラートの透明な響きが美しく、優しさに満ちている。
四楽章の歓喜主題提示の部分は、ノリントンの芸風から全く期待していなかったのだが、見事に期待を裏切られた。慈愛に満ちており、透明な響きが胸に突き刺さる。特にヴァイオリンが歌い始めてからは感動的だ。「新ベーレンライター」と謳っている演奏で、一体どれだけの演奏家がこれだけ感動的に奏でることができるだろうか。合唱部分も素晴らしい。スケールも十分大きく、二重フーガの一歩一歩踏みしめるような表現は感動的だ。コーダも熱く最後のクレッシェンドの爆発は効果絶大。聴いていて体が熱くなる。
このノリントンの第九は、新盤のベートーヴェン交響曲全集の中で出来のいいほうだと思う。他には特に5番と8番が素晴らしかった。いずれ取り上げたい。

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2件リンクを追加しました。お二人とも紹介が遅くなってすみません。

「フルトヴェングラーCDレビュー」
orooroさんのフルトヴェングラーのブログ。もの凄い情報量です。同演異盤の聴き比べなど大変参考になります。散財するリスクを減らすことができ(笑)、とても重宝してます。

「ぶるろぐ」
壁男さんのブログ。「私的名曲名盤」でいきなりハイドンからというところが素晴らしい!「ブルックナーの壁」「第9」特別品評会は圧巻です。拙ブログの特集など足元にも及びません。


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beet_wand.jpg

Beethoven Symphony No.9 "Choral"

Günter Wand
NDR Sinfonieorchester Hamburg


BMG (74321 89109 2)



非常に厳しい第九である。ヴァントらしく音を拡散するのではなく、凝縮させることにより、名演を成し遂げている。粘土彫刻のように要素を盛り付けていき作品を仕上げるのではなく、木彫刻のように無駄、「甘さ」を削っていき、芯のみが残っている。ここでいう「甘さ」とは、演奏上の技術的な甘さ、曖昧さではなく(もちろん、そういう要素もあるが)、分かり易い愛、人懐っこさ、とっつき易さと言ったら近いか。「甘さ」を一切排しているのでとっつきにくく、第九にフルトヴェングラーのような「甘さ」を求めている人は拒絶するだろう。よって、この演奏、好き嫌いがはっきり分かれるようだが、私は好きである。確かにきつ過ぎるところがあり、頻繁に聴くわけにはいかないが、聴いてて背筋が伸び、精神修養しているような気分になる。劇的表現、個性的表現は無く、音の厳しさ、構成の強固さでベートーヴェンの精神に迫っている。
ヴァントの芸風から行くと、やはり一楽章が最も出来がいい。ブルックナーの9番の一楽章を彷彿とさせる深遠な響きが素晴らしい。テンポは速めでインテンポ。変に溜めて深刻ぶったりすることは無い。スケールもそれほど大きくない。だが、北国の吹雪のような厳しさが響きに奥行きを与えており、それが感動を呼ぶ。二楽章も一楽章と同様。
三楽章は美しい。「甘さ」を排除しているので、チェリビダッケのような人工美に陥っているかというとそうではない。単なる表面的な美に止まらず、共感に満ちている。これはやはりベートーヴェンへの絶大な信頼が有るか無いかの差のような気がする。チェリビダッケが「自分の音楽」にしてしまっているのに対し、ヴァントはあくまで作曲家の下僕になっていると感じる。
四楽章の合唱部分は、前の三楽章に比べるとちょっと出来が落ちるという評を良く見かけるが、この部分を「オマケ」と考えている私には十分だ。確かにスケールが小さかったり、独唱がちょっといまいちで、力みが目立ったり、情感に乏しいと感じることがある。
このエントリはベートーヴェン交響曲全集からのもので、録音は24bit/96kリマスタリングで、比較にならないほど音が良くなった。ぼやけていた音がクリアになって、細部まで聞き取れるようになり、ヴァントの芸風が堪能できる。

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bach_violin_petre.jpg

J.S.Bach Sonatas & Partitas for solo Violin

Luminitza Petre


FAKSIMILE-AUSGABE



今日はとりあえず第九は休憩。というより、何よりも書きたい演奏に出会えたからだ。

長かった。本当に長かった。ズスケの無伴奏ヴァイオリンの呪縛から解かれるのに、8年もかかった。ようやくズスケと同等レベルの満足行く無伴奏に出会えた。このブログの最初のエントリにあるとおり、長いことズスケの呪縛から逃れられないでいた。各方面で話題になっていたペトレの無伴奏ヴァイオリンが今週ようやく入荷。ずっと首を長くして待っていた。この機を逃すと当分手に入らないだろうと思って慌てて購入した。
聴き始めて、最初の音が鳴った瞬間に「これだ!」と興奮してしまった。まず高貴で芳醇な音色が素晴らしい。ズスケのようなセピア色ではなく、ワイン・レッドのような、高貴で品のある音色である。演奏の目指す方向性はズスケと同じで、奇を衒うのではなく、ひたすら自己を無にして音楽に対峙する祈るような境地。音は決して汚くならず常に高潔で、作為的表現は皆無。これらが私がこの曲に求めているものだ。聴いていて手を合わせて祈りたくなる。ズスケよりも多少推進力と直接的な厳しさがあり、ズスケにシェリングのスパイスを加えた演奏といったら近いかもしれない。だがシェリングのように厳しくなりすぎることはない。
パルティータ2番、シャコンヌでの祈り。ようやくズスケと同等の感動を得ることが出来た。アルペジオの奥深さや長調での優しさ。最後の音が消えるとき、自分の魂も無になる感じがした。
パルティータ3番、プレリュードでの推進力は素晴らしい。推進力があっても決して下品にならない。常に楽器が豊かに鳴っている。ルーレの美しさはズスケ以上であろう。音に芯がある分、聴き手に痛切に迫る。
個人的にはレコ芸のレコード・アカデミー賞を獲ったクレーメルの新盤よりも、ペトレに賞を送りたいと思うのだが、この演奏をお聴きになった方はどうお思いだろうか。クレーメルの演奏には、放射線の影響で突然変異し、奇形が発生した生物のような不気味さを感じてしまう。

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beet9_klemperer.jpg

Beethoven Symphony No.9 "Choral"

Otto Klemperer
Philharmonia Chorus & Orchestra


TESTAMENT (SBT 1177)



非常に格調高く、「正しい」第九である。テンポ、バランス、そして解釈、すべてが正しい。スコアの音符を正しい芸術家が正しく解釈し、正しく振ると、こういう正しい演奏になる。すなわちこれは、「第九の世界標準」と言っていい。「標準」というと個性の無い、凡庸な演奏に思われるかもしれないが、とんでもない。音の核に燃えたぎる情熱と強靭な精神が宿り、効果を狙った演出が皆無にも関わらず、もの凄い迫力で聴き手に迫ってくる。絶叫しないかわりに無類の安定感がある。クレンペラーの他の演奏に聴けるような、極端に遅いテンポなどのクレンペラーらしさは無く、いたって普通に聴こえるかもしれない。だが、良く耳を澄まして聴いてほしい。そこには深く精神的で、理想的な第九が鳴っているはずだ。ゆえに「世界標準」なのだ。
一,二楽章の格調の高さはクレンペラーの面目躍如だ。ティンパニがあまりソリッドでなく、録音もデッドなため、パンチに欠けるかもしれないが、なんと厳しい演奏だろう。一楽章のコーダなどは背筋も凍るような厳しい音楽である。二楽章冒頭の重々しい開始も同様。かと思えば、トリオや三楽章では、格調高く豊かな歌を聴かせてくれる。決して甘くなく、苦味の利いた大人の歌だ。
四楽章のテンションの高さは尋常じゃない。この演奏会はフィルハーモニア合唱団のお披露目でもあったそうだ。さすがオーディションを勝ち抜き選び抜かれた精鋭がそろっただけのことはある。合唱が巧い。そしてお披露目演奏会だけに、その気合の入り方も尋常ではなかったはずだ。第九の名演というのは曲の特性のせいか、背景に何かエピソードがある時に生まれやすい。コーダは最高で高揚感が素晴らしい。"Diesen Kuss der ganzen Welt!"の部分ではわずかにテンポを落とし、一小節一小節念を押すように歌う。これは説得力抜群だ。そして最後のプレスティッシモの天上遥か彼方へ飛んでいってしまうようなクレッシェンド!(そういえばウィーン芸術週間のウィーン・フィルとの5番も同じ素晴らしさがあった。)観客の万雷のブラボーも納得である。四楽章を聴いた後の充実感はこれがトップかもしれない。フルトヴェングラーのような狂乱無しに、これだけのスケールと高揚感を演出できるのだから、ある意味フルトヴェングラーに対するアンチテーゼと言えるかもしれない。

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beet9_celi.jpg

Beethoven Symphony No.9 "Choral"

Sergiu Celibidache
Münchener Philharmoniker


EMI CLASSICS (7243 5 56842 2 6)



一言でいうなら、「人工美の歓喜」。そこには、ベートーヴェンの求めた人類愛は無く、音響的に磨かれた人工美がある。第九という「素材」を元に、全く別の音楽を再創造したといったらいいだろうか。チェリビダッケは日本料理の素材でフランス料理を作ってしまった。好みから言うと好みではないが、これはこれで一つの方向性を示しており、その方向性を極めた演奏だと思う。
チェリビダッケのテンポは、恣意的に感じることが多い。ただ、この作為的試みが、人の生理にはまったときに、恐ろしいほどの名演を産むことがある。リスボンライブのブルックナー8番や、チャイコフスキー5番などがそれだ。この演奏はというと、作為的面が目立ってしまう。過剰に収めるフレーズの語尾や、二楽章スケルツォでのテンポの遅さと、トリオでの加速など、ちょっとついていけないと思うこともある。ただ、一楽章の深く磨かれた響きはさすが鍛え上げられたミュンヘン・フィルで、この音に浸るものいい。三楽章は非常に美しい。ブルックナーの緩徐楽章のようだ。人の憧れなどよりも、それを天上から俯瞰しているような感じがする。四楽章のレティタティーボは非常に個性的で「語っていない」。何か得体の知れない生き物がうごめいているかのようだ。合唱部分はさすがチェリビダッケ。スケールの大きい広がりのある演奏を聴かせてくれる。二重フーガでは遅いテンポも手伝ってその真骨頂だ。コーダは例の「チェリビダッケのコーダ」である。チェリビダッケは四楽章はどうしようもない音楽だと語っていたそうだが、その割には中々聴かせてくれる。それにしても独唱、合唱が上手い。
いつも聴くというわけにはいかないが、こういう個性的な演奏もたまにはいい。ベートーヴェンの音楽の持つ懐の広さに感心させられる。


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