J.S.Bach Sonatas & Partitas for solo Violin
Luminitza Petre
FAKSIMILE-AUSGABE
今日はとりあえず第九は休憩。というより、何よりも書きたい演奏に出会えたからだ。
長かった。本当に長かった。ズスケの無伴奏ヴァイオリンの呪縛から解かれるのに、8年もかかった。ようやくズスケと同等レベルの満足行く無伴奏に出会えた。このブログの最初のエントリにあるとおり、長いことズスケの呪縛から逃れられないでいた。各方面で話題になっていたペトレの無伴奏ヴァイオリンが今週ようやく入荷。ずっと首を長くして待っていた。この機を逃すと当分手に入らないだろうと思って慌てて購入した。
聴き始めて、最初の音が鳴った瞬間に「これだ!」と興奮してしまった。まず高貴で芳醇な音色が素晴らしい。ズスケのようなセピア色ではなく、ワイン・レッドのような、高貴で品のある音色である。演奏の目指す方向性はズスケと同じで、奇を衒うのではなく、ひたすら自己を無にして音楽に対峙する祈るような境地。音は決して汚くならず常に高潔で、作為的表現は皆無。これらが私がこの曲に求めているものだ。聴いていて手を合わせて祈りたくなる。ズスケよりも多少推進力と直接的な厳しさがあり、ズスケにシェリングのスパイスを加えた演奏といったら近いかもしれない。だがシェリングのように厳しくなりすぎることはない。
パルティータ2番、シャコンヌでの祈り。ようやくズスケと同等の感動を得ることが出来た。アルペジオの奥深さや長調での優しさ。最後の音が消えるとき、自分の魂も無になる感じがした。
パルティータ3番、プレリュードでの推進力は素晴らしい。推進力があっても決して下品にならない。常に楽器が豊かに鳴っている。ルーレの美しさはズスケ以上であろう。音に芯がある分、聴き手に痛切に迫る。
個人的にはレコ芸のレコード・アカデミー賞を獲ったクレーメルの新盤よりも、ペトレに賞を送りたいと思うのだが、この演奏をお聴きになった方はどうお思いだろうか。クレーメルの演奏には、放射線の影響で突然変異し、奇形が発生した生物のような不気味さを感じてしまう。
『HMV - 無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ 全曲 ペトレ(vh)【CD】-バッハ/音楽/HMV』
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