DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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Brahms Symphony No.2

Carl Schuricht
Stuttgart Radio Symphony Orchestra


hänssler (CD 93.143)



「枯れた」=「生気が無い」と捉えて欲しくない、枯れていても、実に純度が高く、充実した至高のブラームスである。この演奏を聴くと、ブラームスは重厚でなければならないという先入観を、いとも簡単に覆されてしまう。音色は明るく、リズムは軽い。響きだけだと、モーツァルトの音楽のようだ。しっかり耳を澄ましていないと、その美しさをうっかり見落としてしまいそうな、「さりげない美」に溢れている。力みや虚飾が一切無く、一音一音丹念に奏でられ、そこに慈愛が満ちている。
一楽章冒頭のD-Cis-Dの低弦の音形から、凡演を突き放している。低弦からホルンに引き継がれるとき、目の前がぱっと開け、明るい太陽の日差しが射し込んでくるようだ。
二楽章の冒頭のチェロも、深刻ぶって過度に繊細にならず、実に素朴だ。滑らかさに欠け、荒さがあるにも関わらず、本当に美しいと聴き入ってしまう。これはシューリヒトでないと出来ない芸当かもしれない。
三楽章の素朴さは、一番だろう。無骨すぎるというほど、洗練されていないが、それが逆に素朴さと暖かさを演出している。「当たり一面光に満ち溢れている」といったら一番近いかもしれない。三楽章はこれ以上の演奏が思い当たらない。
四楽章はいわゆる「爆演」好きには物足りないかもしれない。勢いだけで誤魔化す演奏が多いが、これはそんなことは一切ない。旅行に行くのに、車で高速をすっ飛ばしていては、木々や道端に咲く花々の美しさに気が付かない。ゆっくり電車で行けば、車窓からは、あそこにも、ここにも、目立たないが美しい花々が咲いていることに気が付き、いちいちその美しさに感動してしまうだろう。この演奏はそんな演奏だ。勢いだけの演奏にはない、シューリヒト独特の細かいニュアンスが、実に美しい。最後のコーダをこれほどまで美しいと感じた演奏はこれが初めてかもしれない。
この演奏は1966年の演奏なので、シューリヒト86歳。全く驚異的だ。録音はステレオで極めて鮮明。現在入手が容易なhänssler盤は音を綺麗にしすぎて、シューリヒトの素朴さが半減してしまっている。残念だ。素朴な音質のarchiphon盤のほうをお勧めしたいが、現在入手困難である。

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Mozart Symphony No.40

Rafael Kubelik
Symphnieorchester des Bayerischen Rundfunks


SONY CLASSICAL (SICC 258)



正に「明鏡止水」といった感じだろうか。有名なOrfeoのライブ録音とは別人のような演奏である。世間では「クーベリック=ライブ」といったステレオタイプ的な評が多いが、私はこのスタジオ録音をより愛している。私もライブの40番も好きだが、スタジオ録音の澄み切った枯淡の境地がたまらなく好きだ。ライブ録音はクーベリックのライブらしく、より流麗で快活だ。印象深さという意味では、ライブの方が上だと思うが、この演奏は最初のインパクトに欠けるものの、聴けば聴くほどその魅力にのめり込んで行く感じだ。推進力に欠けるが、逆にそれが独特の効果を生み、彼岸の40番を創り上げている。こんなモーツァルトの40番は他で聴いたことがない。
そのときの体調や、気分にもよるが、時々、モーツァルトの交響曲は音が多すぎると感じることがある。特に、室内楽を頻繁に聴いているときなどは、うるさく感じてしまう。そんなときでも、このクーベリックのスタジオ録音はすっと入ってくる。例えるならば、夜に雪が降り積もっている時のような感じ。雪が積もると音は雪に吸収されるので、独特の静けさがある。音が鳴っても雪に吸収され、それほど鳴り響かない。あの感じに似ている。音が雪にふわっと吸収され、どんな音も丸みを帯びる。
一楽章冒頭から実にしっとりとしている。有名なメロディは、甘美ではなく、雪が静かに舞っているような感じだ。雨のように速くなく、雪のようにゆっくり落ちてくる。
このスタイルで行くと、二楽章が素晴らしいのは当然かもしれない。ここまで純度の高い二楽章が他にあるだろうか。
三楽章、四楽章は全く「疾走」しない。それゆえ、逆により心に染み入ってくる。40番というと、どうしても有名な一楽章のインパクトが大きく、前半の印象が強いが、この演奏に関しては、後半の二楽章が同等の印象を受ける。四楽章全体のバランスが絶妙なのだろう。一楽章の歌と疾走感ばかり目立たせるだけでなく、全体のバランスを考えたクーベリックの緻密な計算があってのことかもしれない。

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Mozart Piano Trios

Trio Fontenay


Warner Classics (2564 62189-2)



おめでとう!モーツァルト!

今日、1月27日はモーツァルトの誕生日。今日で生誕250年である。それにしても、250年もの昔に書かれた音楽が、今でも愛され続けているというのは驚異的だ。これだけ愛され続けるのは、モーツァルトの音楽の中には自然の法則が宿っているとしか思えない。自然の法則に背くものはいずれ淘汰されるはずだから。
さて、どこのブログもモーツァルト一色だが、生誕250年で紹介したいのは、交響曲でも弦楽四重奏でもなく、ちょっと地味なピアノ三重奏である(曲は決して地味ではない)。私はモーツァルトのピアノ三重奏が大好きだ。特にK500番台後半の4,5,6番に宝石のように素敵な曲がそろっている。ピアノ三重奏という編成は室内楽的側面と協奏曲的側面があり、響きが独特で面白い。私はモーツァルトの作品の中で、これらの曲が弦楽四重奏と並んで大好きだ。
4番のF-durのしっとりした響き。二楽章の純白の美しさは最晩年の彼岸の境地に通じるものがある。
5番の両端楽章の快活さは心地よい。実に「美し楽しい」。二楽章はチェロ弾きにはたまらない。チェロのメロディーは弾いていても恍惚となる。単純な音形にも関わらず、なんと美しいのだろう。単純というのは本当に美しい。
6番は三楽章が大好きだ。冒頭のピアノは、何か純真な子どもに帰ったような気分にさせられる。無邪気な子どもが戯れているようだ。
トリオ・フォントネの演奏が今のところ私のベストだ。若いにも関わらず、決して安易な表現に陥らず、快活でありながら、極めて透明で純度の高いモーツァルトを聴かせてくれる。歌いすぎて湿りすぎることもなく、逆に無表情で乾きすぎることもない。程よい湿度だ。また、三つの楽器のバランスが素晴らしく、どれかの楽器が突出して音楽を壊すことがない。トリオというのは三つの楽器が主張しすぎる「対決型」に陥り易いが、この演奏は決してそんなことはなく、素晴らしい調和を示している。
実は職場のピアノ弾きとヴァイオリン弾きとで、今度C-dur(5番)をやろうということになっている。頑張って練習しないといけない。これをきっかけに楽器活動を復活して頑張ろうと思う。モーツァルトさん、へたっぴでも許して!
今日もモーツァルトで幸せな気分になった。モーツァルトさん、ありがとう。

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Bruckner Symphony No.9

Johannes Wildner
Philharmonic Orchestra of Westphalia


NAXOS (8.555933-34)



ブルックナーの9番の四楽章は、パンドラの箱だと思ってずっと聴かないと心に決めていた。想像を絶すると思われる四楽章に思いを馳せ、想像するだけがいいのだと思っていた。前半の三楽章から想像するに、恐ろしい曲になるのは確実で、それくらい畏怖の念を持っていた。しかし、その究極の世界を垣間見たいという誘惑には勝てず、ついに聴いてしまった。
これはサマーレ/マッツーカ/フィリップス/コールスの改訂版で最新の補筆版である。昔怖いもの見たさに一度だけ聴いた、アイヒホルンのサマーレ/マッツーカ/フィリップス/コールスの旧版よりも、ずいぶんとすっきりとした印象を受けた。(アイヒホルン盤は持っていないので、あくまでかすかな記憶での比較にすぎないが。)一聴すると、所々「ああ、これはブルックナーだ」と思って嬉しくなってしまう。テ・デウム音形(17:17)など聴いていてゾクゾクする。一方やはり補筆なんだと冷めた目で見てしまうような違和感があることも事実だ。そう、モーツァルトのレクイエムみたいに。
ブルックナーを愛し、熱心に補筆した方々には申し訳ないが、今は都合のいいずるい言い訳をしている。これはブルックナーの書いた「素材」を元に、別の人が作った別の音楽なのだと。熱心なブルックナー信者の方にはお叱りを受けそうだが、そう思うと気が楽になる。逆にブルックナーが書いたままのフラグメント版は未だに怖くて聴けない。以前ヤマハでフラグメントのスコアを見つけ、スコアを開いたとき、汗だくになったのを覚えている。
そういえば、昔テレビで画家の霊を体に取り込み、その霊に絵を書かせることが出来る人が紹介されていた。確かに降霊した画家そっくりの絵をいとも簡単に描いてみせていた。もしもこのオカルトじみた話が真実ならば、この人にブルックナーの霊を降霊させて、未完の四楽章を完成させて欲しい。そのブルックナーの霊をしても、完成に何年もかかるか、または完成できないかもしれないが。

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bru9_leitner.jpg

Bruckner Symphony No.9

Ferdinand Leitner
Radio Sinfonieorchester Stuttgart


hänssler CLASSIC (CD 93.052)



1912年は多数の有名な指揮者がこの世に生を受けた年である。ヴァント、ザンデルリンク、チェリビダッケ、ショルティ。大豊作の年だ。同年生まれで一際地味で目立たないのがフェルディナント・ライトナー、その人である。この人、実力の割に有名でないのが残念でならない。最近hänsslerからライブ録音が発掘され、素晴らしい演奏が聴けるようになって嬉しい。もっと発掘されることを願いたい。
このブルックナーの9番は、ベストと言う人がいてもおかしくない素晴らしい演奏だ。シューリヒトなどとはスタイルの異なる、動的なブルックナーである。「動的」といってもヨッフムのような極端なアゴーギグではなく、地に足のついた動的さである。
一楽章冒頭のユニゾンによるトゥッティの動機(2:42)の溜めの効いた凶暴さ、コーダ前の戦慄のトゥッティ(21:48)などはシューリヒトやヴァントからは聴くことが出来ない壮絶さである。
二楽章はシューリヒトのような弾むリズム感は無いものの、着実で地に足のついたテンポ感が素晴らしい。
白眉は三楽章。呼吸の深いむせぶようなカンタービレが素晴らしい。決して品格を失っておらず、極めて自然だ。人間臭さも皆無である。コーダ前の強奏(20:50)では凶暴なまでの轟音で迫ってくる。シューリヒトのような枯れた演奏とは対照的だが、真実味では負けていない。
余談だが、最近久しぶりに新譜のライブ録音が出て、ファン熱が再加熱のカルロス・クライバーだが、父上エーリッヒに指揮者になることを反対された時に、エーリッヒの友人であるライトナーに相談して、説得してもらったそうである。ライトナーがいなければ、カルロスは指揮者になっていなかったかもしれない。カルロス狂の貴方、カルロスとは対照的で地味なライトナー先生に感謝しよう!(笑)

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bru9_schuricht.jpg

Bruckner Symphony No.9

Carl Schuricht
Wiener Philharmoniker


EMI CLASSICS (CZS 7 67279 2)



私がブルックナーに開眼したきっかけになった演奏は、クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィルのブルックナーの8番である。例に漏れず、私も最初はブルックナーの音楽がさっぱり分からなかった。ところが辛抱強くクナのブル8を聴いていたときに、四楽章のコーダでその魅力に突然開眼したのだった。それからは、寝ても覚めてもブルックナー。とにかく色々な演奏を聴いた。中でもシューリヒトの9番には特別思い入れがある。ブルックナーに開眼したのはクナの演奏だが、このシューリヒトの9番が、私のブルックナーの原体験と言える。この演奏でブルックナーの最高傑作というだけでなく、音楽史上の最高傑作の一つでもある9番の魅力を理解し、虜になり、さらにブルックナーにのめり込んでいった。一体この演奏を何度聴いて、何度涙したか分からない。現在となっては、ヴァント/ミュンヘン・フィルの超絶名演があるので、ベストとは言えないかもしれないが、今でも大切な演奏であることにはかわりはない。
一楽章冒頭のトレモロの原始雲から数多ある凡演を引き離している。どうやったらこんな深い音を引き出せるのだろうか。一楽章の美しさ、神々しさは今でもなお、トップを行く。ヴァントよりもやや動的で、痛切であるので聴き手に迫ってくる。展開部の最後(17:00)、コーダの前のトゥッティ(22:23)、そしてコーダの頂点での(24:45)の熾烈さは一番かもしれない。コーダの頂点での三連符の後は、宇宙の彼方へ放り投げてしまうような恐ろしさがある。一方、提示部、再現部での第二主題は絶美だ。特に再現部(18:40)の呼吸の深さは涙無しには聴けない。
総じて言えることだが、この演奏の特長は「響き」だけでなく、「音」の魅力も兼ね備えていることだ。古きよき時代のウィーン・フィルの高貴な音に酔いしれることができる。ウィンナ・ホルンは元より、弦楽器の音が素晴らしい。これはヴァント/ミュンヘン・フィル盤などには無い魅力ではないだろうか。
ところで私の持っているのは必ずしも音がベストとは言えない仏EMI盤だが、このジャケットがとてもセンスがあって好きだ。最近は廉価というだけで、ジャケットに頓着しないCDが多いが(これは廉価でかつジャケットも美しい)、CDには「モノ」としての価値もあるはずだ。これから主流になるであろうネット配信など、私には考えられない。アナログな世界はいずれ絶滅するのだろうか。

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bru9_wand.jpg

Bruckner Symphony No.9

Günter Wand
NDR Sinfonieorchester Hamburg


BMG (BVCC-34039/40)



2000年11月12日、私は生命の危機に瀕していた。病気をしたわけでも事故に遭って大怪我をしたわけでもない。ギュンター・ヴァント最後の日本公演の席にいた。たかがコンサートで「生命の危機」とは大げさな、とお思いになるかもしれない。だが、本当に死ぬかもしれないと思ったのだ。後にも先にもあのような経験はない。空前絶後の経験だった。
前半の「未完成」から尋常じゃなかった。曲が始まり低弦が音を出した瞬間に、武満メモリアルの温度がぐっと下がったのだ。それからもう何が起こっているか分からなかった。「未完成」が終わった時点で、すでに私の体は異常をきたしていた。体温は奪われ震えていた。
しかし、休憩後のブルックナーの9番は更に凄かった。一楽章で失神直前までいった。もう感動というレベルを遥かに通り越していた。途中から涙さえ出なくなった。上半身が完全に麻痺して、手は硬直して動かすことが出来ず、顔は顔面麻痺状態で筋肉が硬直し、まぶた、頬は痙攣を起こし始めた。体も時々痙攣を起こし、本当にこのまま死んでしまうのではと思った。一楽章コーダ前の壮絶なトゥッティ、コーダで完全に限界だった。そこから逃げたかった。怖かった。一楽章が終わってから本気で外に出ようと思った。だが動けなかった。体が全く動かなかったのだ。そしてその場にがんばって座ろうとした。そのうち座っているのがやっとになって、音楽を聴く余裕すら無くなっていった。二楽章からは意識が絶え絶えになり、どんな演奏だったか全く覚えていない。「聴いた」というよりは「戦った」というのが正解だった。あの壮絶な曲、演奏に耐え得るだけの精神力が私には無かった。演奏終了後、しばらく拍手も出来なかった。もちろん話すことも。手は硬直して動かなかったし、頬の筋肉が突っ張ってまともに話せなかった。泣いている人など沢山いたし、近くに座っていた外国人の老女性は手を合わせ祈っていた。初めて神の存在を身近に感じた。
このCDはそのときの模様を収めたものであるが、コンサート後すぐに購入したものの、恐くて一年くらいは聴けなかった。あくまで、演奏会の記念として購入したものである。改めて聴いてみるとアンサンブルの乱れなどあるが、そんなことはどうでもいい。録音としての演奏内容はもちろん素晴らしいが、語ろうと思わない。この経験は私の宝物である。今後このような経験ができるのだろうか。

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