DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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Beethoven String Quartet No.15

Suske Quartett


BERLIN Classics (0091632BC)



この曲は、第一主題、第二主題、第一主題変奏、第二主題再現、第一主題変奏拡大、コーダという構成になっている。
第一主題はソット・ヴォーチェから始まる。冒頭の1st Vnのズスケの奏でる主題から、深く温かみがあり、聴き手を優しく包み込む。まるで「慈悲が燻る」ようだ。慈悲の香を炊いて、慈悲の煙が燻る。その後のコラールは深い祈りに満ちている。音の移り変わりが素晴らしい。一つ一つの音符に深い祈りが込められており、それらが有機的につながっている。無機的な音の羅列になっていない。
先にも書いたが、この曲は多元的調和をしていなければならないと思っている。曲想もさることながら、アンサンブルの面でも同じではないだろうか。各パートの音量のバランスは当然だが、表現に統一性があり、表現力も豊かで同等でなければならない。特に第一主題(変奏)では、各パートに主従はなく、それぞれのパートが主題の断片をリレーし、メロディーを構成している。故に1st Vnだけ突出していたり、内声部が弱かったりしては駄目だ。それぞれの楽器が対等にかつ調和していなければならない。ズスケSQは各パートそれぞれが優れた技巧と表現力を持っており、それらが見事に融合する。特に1st Vnのズスケは、ヴァイオリニストにありがちな利己的な表現欲は皆無で、極めて謙虚だ。音色も大変美しい。そして他の楽器に綺麗に溶け込む。
この演奏に感じるパート間のバランスの良さは、録音のバランスの良さも手伝っているのだろう。弦楽四重奏の録音では1st Vnに重点を置いて、内声部が遠くに聴こえて音が痩せているものも少なくない。だがこの録音は素晴らしく、非常に立体的に各パートが鮮明に聴き取れる。(ズスケSQによるモーツァルト弦楽四重奏曲集のブックレットに録音風景の写真があるが、四人が輪になって演奏し、中心にマイクが置いてあることが確認できる。)
ズスケSQのもう一つの素晴らしさは、デュナーミクの見事さだろう。第一主題(変奏)では緩やかにクレッシェンドしてピアノに落ちること(時にスビト・ピアノ)を繰り返すのだが、それがまるで穏やかな海の波のようなのだ。優しく自然で心地よい。ここが急激に変化して不自然だったり、恣意的だったりするとこの音楽は死んでしまう。
第二主題(3:04)が始まると、2nd Vn(その後は音程を変え1st Vnに渡る)が生き生きとD-D-Fisの跳躍を弾くのだが、この跳躍した音のテヌート(ときにスフォルツァンドを伴う)を鋭角的に弾いては絶対だめだ。(アルバンベルクSQのピヒラー、シュルツは過度に歌い過ぎており、非常に鼻につく)ここを優しく懐深く響かせてくれるかが、私の中の一つの基準になっている。1st Vnのズスケのみならず、2nd Vnのペータースも自然で力みがなく、優しく弾きこなしており、大変素晴らしい。また第二主題にはベートーヴェンが「新しい力を得て」と指定しているが、ここが取ってつけたようになってしまうと曲が台無しである。第一主題から第二主題の移行で音のテクスチャが急激に変わると、全体のバランスが大変悪くなり、この曲の底に豊かに流れる無限の慈悲を表現できない。ズスケSQは明るくなりながらも、しっとりとした祈りの心を維持しており、その後再び第一主題に戻るところ(5:03)も極めて自然で祈りに満ちている。
第一主題変奏の拡大(10:58)からはこの曲のクライマックスで、何度聴いても涙でボロボロになってしまう。はじめ主題の断片が各パートにリレーされていく様は、最初の第一主題の提示、変奏とは異なり、どうしようもない寂寥感を伴って心に深く入り込んでくる。最後にVcのプフェンダーが深い音で主題を奏でると、ディミニュエンドして一度全休止に入る。ここが非常に感動的で、休止の後にふわっと立ち上がってくる1st Vnの音(12:55)は悠久の彼方から響いて来るようで、この世の響きとは思えない。その後(13:16)からはVlaが主役となり、痛切に迫って来てぐしゃぐしゃに私の心をかき乱して行く。ここのVlaが弱くなる演奏が多いが、この演奏は他とは違い他の声部にVlaの音が埋もれることがない。Vlaのドームスは優れた表現力の持ち主で、弦楽四重奏でこれほど心に訴えるヴィオラの音はそう聴けるものではない。その後次第にクレッシェンドしながら力強さを増し、外声部のスフォルツァンドに乗せ、内声部の2nd VnとVlaが重なり合って第一主題の断片が繰り返されいくところでは、涙無しに聴けるだろうか。頂点で四つの楽器がスフォルツァンドを奏でるとき、体は震えボロボロに泣いてしまう。その後曲想は穏やかになり感動的なコーダに突入する。
コーダは大変感動的で、まるで鉛色の雲に覆われた空を見上げると、わずかな雲間から光が差し込み、暖かい光に包まれ昇天して行くようだ。神の慈悲により全ての煩悩から開放され、安らぎの中で天に昇って行く。
私は大変な苦しみの中にありながらこのような曲を書かねばならなかったベートーヴェンに想いを馳せる時、涙を禁じえない。ベートーヴェン、貴方はあれだけの苦難にさらされながら、どうしてそこまで高貴でいられたのか。ベートーヴェンのお墓参りをするという長年温めていた夢が叶ったら、こんな何にも換えがたい宝物をくれたことに対して、静かに心からお礼を言いたいと思う。

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Beethoven String Quartet No.15

Suske Quartett


BERLIN Classics (0091632BC)



この曲を最初に聴いたのはズスケSQの演奏である。当時まだ弦楽四重奏にそれほど親しみを感じていなかったが、ズスケのバッハ無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータがあまりに素晴らしかったので、そのズスケ率いる弦楽四重奏団なら悪かろうはずが無いと思って、最初に購入したのが馴染みのあった中期で、次に後期を購入した。無論ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を聴くのは初めてだったが、特にこの曲は私を一気に虜にした。その後、いくつかの演奏を聴いたが、ズスケSQの呪縛から抜け出すことが出来ず、しばらくベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲はこの演奏だけを聴き続けることになる。もう何度も聴いた。数えきれないくらい聴いた。でも未だにこの演奏を聴くと涙が出る。それくらい私の心に入り込んでいる。
ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲には、喜怒哀楽などの全ての感情が含まれていると思う。喜怒、哀楽、善悪といった単純な二元論的な世界ではなく、多元的で調和した世界である。いわば能面のように、一見(一聴)しただけでは、その表情を一意的に決めることは出来ない。角度によって表情が微妙に変化し、多彩な表情が現れる。ズスケSQの演奏にはこの曲の演奏に必要な、それらの要素全てが内包されている。優しさだけ出そうとしたり、厳しさだけを出そうとするだけでは、この崇高な音楽は生きないと思う。全ての感情を内包するからこそ、それらを超越した境地を表現出来るのではないだろうか。ズスケSQは一聴すると至って普通で目に付く特徴が無いのだが、良く聴くとその驚異的な表現を自然に成し遂げていることに気がつく。極めて自然なのである。自然で無駄なものが一切無い。それを四人全てが同じベクトルで演奏している。だからこそ何度聴いてもすっと心に中に入っていき、すぐに溶けるのである。心の状態に関わらず、いつでも、どこでも。

(次回に続く)

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Beethoven String Quartet No.15

Suske Quartett


BERLIN Classics (0091632BC)



自分を奮起させるために、思い切ってブログで一番書きたかったことを書くことにした。これを書きたいが為に、ブログを始めたといっても過言で無いくらい、思い入れが強い曲、演奏である。後で修正を加えることも鑑みて、思い切ってエントリすることにした。

いきなり変な話だが、私は自分の葬儀で流す曲を決めている。きっとみなさんは、フォーレ、モーツァルトのレクイエム、ベートーヴェンの7番のアレグレット、エロイカの葬送行進曲などを思い浮かべるだろうが、それらのどれでもない。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の三楽章、「病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」をズスケSQの演奏で流してもらうことに決めている。この世に存在する「音楽」と呼ばれているものの中で最も好きな曲であり、演奏である。この曲はベートーヴェンが最晩年、腸の病で床に伏し、回復したときに書いた曲で、表題はベートーヴェン自身が楽譜に書き記したものである。
ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲の音の風景には、人が一人しかいない。第九などの偉大な交響曲群の音の風景には人が大勢いるが、この曲は一人ぼっちだ。だが、一人ぼっちでも決して寂しくない。生や死、喜怒哀楽、すべてを超越した安らぎに満ちている。ベートーヴェンは幾多の苦難を乗り越え、最晩年ついに澄み切った悟りの境地に達してしまった。もはや、対話しているのは神のみだったのだろうか。
この曲を聴くときに、必ず連想するものがある。それは京都太秦の広隆寺にある、国宝、弥勒菩薩半跏思惟像である。
http://www.y-uruwashi.gr.jp/bosatu.html
実際に拝見する前からその存在は知っていたが、初めてその姿を拝見したときの衝撃と感動は今でも忘れられない。私は生まれて初めて彫刻を見て涙した。なんと慈しみ深く、優しい姿なのだろう。とても彫刻とは思えないほど、生命のぬくもりを感じさせ、絶え間なく溢れ出る「無限の慈悲」を湛えている。私は菩薩様の前に正座し、1時間以上そこでただただ見惚れ、祈っていた。私一人だけではない。この間多くの人が同じように祈っていた。京都に行くときは必ずこの菩薩様に会いに行く。プロフィールの写真は弥勒菩薩半跏思惟像を奉納した霊宝殿の前の池に咲いていた蓮の花である。

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この曲は弥勒菩薩像と同じ「無限の慈悲」を湛えている。神の限りない慈悲に包まれている安堵感がある。どうしようもなく慈しみ深く優しい。一体この曲で何回涙しただろう。そして何回救われただろう。私にとってはかけがえのない大切な曲である。

(次回に続く)

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Beethoven Symphony No.7

Bernard Haitink
London Symphony Orchestra


LSO (LSO0078)



この時期通勤途中で見かける新入社員が眩しい。周りの疲れたサラリーマン達とは対照的に、溌剌としていて、希望に満ちた顔をしている。うらやましいなぁ。これから辛いことが沢山あるだろうけど、頑張れ!新入社員!
そんな新入社員に贈りたいのが、最近発売されたこの演奏。最初聴いた感想が「これがハイティンク?」というものだった。コンセルトヘボウ管と残したベートーヴェンとはずいぶんと印象が違う。しかもマエストロは御年77歳のはずだ。もう老巨匠というべきハイティンクが、これほどに若々しく、溌剌としたベートーヴェンを聴かせてくれるとは夢にも思っていなかったのである。ハイティンクはまるで40歳くらい若返ってしまったようだ。私は少し前に発売されてベストセラーになったクライバーのライブ録音よりも、こちらの演奏を好む。
使用している楽譜は、新ベーレンライター版だが、ジンマン、ノリントンはもとより、アバド、ラトルのような古楽奏法を意識した演奏とは少し毛色が異なる。振幅の小さいヴィブラート、ソリッドなリズムなど、そういう部分もあるが、基本的には伝統的スタイルに立脚した演奏だと思う。音のバランスはハイティンク/LPOらしく、ピラミッド型のドイツ的バランスではなく、中音域がふくよかに鳴る。また、テンションが高くても決して荒くならず、音の粒子が細かいのはさすがハイティンクだ。それがハイティンクのベートーヴェンにありがちな神経質さにつながっていないのがこの演奏の美点だろう。コンヴィチュニー、カイルベルトなどのドイツ系指揮者のような音の深みや重厚さは期待できないが、それゆえ若々しい躍動感が素晴らしく、この時期聴くのにはぴったりかもしれない。
一楽章の主部が始まってからの生命力溢れる躍動感が素晴らしく、これぞ7番に求めているものだ。
二楽章冒頭の沈鬱な表情も素晴らしい。(2:00)のティンパニの音が意味深く、雄弁だ。
三楽章冒頭の切れ込み方も凄い。リズムは生き生きと弾み、これでこそスケルツォだ。
四楽章のテンションの高さは特筆すべきだ。とても80歳前のタクトから生み出される音楽とは思えない熱さである。クライバーに決して負けていない。(6:27)からの壮絶うねりは聴いていて熱くなる。終結への追い込みは最高のカタルシスを味わうことが出来る。
ハイティンクはこのCDを皮切りに、新ベートーヴェン・チクルスを始めるらしい。これからのリリースが楽しみだ。

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Beethoven Symphony No.8

Hans Knappertsbusch
NDR Sinfonieorchester


TAHRA (TAH 132-135)


エイプリル・フールのエントリは、巨人クナッパーツブッシュ先生。意外にもクナを扱うのは初めてだ。エイプリル・フールに紹介するのにぴったりな演奏かもしれない(笑)。
クナのベートーヴェンの8番は数種あるが、最もテンポが遅く、最もクナらしいと思う最晩年の演奏を取り上げることにした。重いということでは、コンヴィチュニーの比ではない。テンポは最遅ではないだろうか。各楽章の演奏時間をテンポの速いノリントンと比較してみた。

      ノリントン   クナッパーツブッシュ
一楽章  8:09     11:25
二楽章  3:32     4:58
三楽章  4:43     5:46
四楽章  7:11     9:23

極端な差である。特に二楽章は1.5倍の時間がかかっている。遅いテンポと深い呼吸から生み出される雄大な音楽は、本来の曲の枠をはみ出してしまっている。もはや「小さな交響曲」ではない。
一楽章冒頭からただならぬ遅さだ。スケールが極大である。提示部の最後(2:32)からなどのけぞってしまう。展開部の巨大さは他を寄せ付けない。一方、この演奏をただ、遅いとかスケールが大きいというだけで片付けてしまうのは、もったいない話だ。所々に現れる繊細で優しい響きを聴いて欲しい。例えば第二主題(0:57)のしっとりしたヴァイオリン、(2:06)からの懐の広いチェロなど、実に心地よい。この巨大さと繊細さの両立こそ、余人では真似の出来ないクナの凄さではないだろうか。
二楽章は見事だ。これだけテンポが遅いのに、音楽は単調にならずに流れている。
四楽章冒頭の遅さは面食らってしまう。フォルティシモになってからは、あたかも重戦車が突進してくるような重量感がある。
それにしても、こうやって同曲異演を色々聴くと、ベートーヴェンの曲の表現の幅の広さに驚かされる。これだけ異なる表現を許容してしまうのが、ベートーヴェンの音楽の偉大な一面であろう。
(クナッパーツブッシュといえば、この方、SyuzoさんのHPで紹介されています。)



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