DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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ふと気が付くと、もう年末。今年はモーツァルト生誕250周年のアニーバーサリー・イヤーなのに、まだ何も特集をやっていないことに気が付きました(今頃気が付くなって?)。
ということで、年末企画としてこれからモーツァルトばかり取り上げたいと思います。時々浮気はするとは思いますが、お付き合いください。

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beet_arrau.jpg

Beethoven Piano Sonata No.8 "Pathetique"

Claudio Arrau


PHILIPS (473 782-2)



やはりアラウといえばベートーヴェンなのです。久しくアラウのベートーヴェンから遠ざかっていましたが、最近ファイナル・セッションで久しぶりにアラウのピアノに感動したので、久しぶりに聴いてみました。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中で、どうしてもアラウの演奏でないとだめだと思っているのがこの「悲愴」(新録)です。学生の頃、アラウのベートーヴェンをバラ売りでこつこつ集めていましたが、お金がなくてメジャーな曲を集めるにとどまりました。そのうちに生憎廃盤。社会人になって全集を買ってもバラ売りのCDを大切に持っています。それくらい思い入れがあり、有名なバックハウスの演奏よりも私には大切な演奏なのです。
特に二楽章アダージョ・カンタービレの繊細さと優しさは唯一無二であり、色々聴いた後どうしてもアラウの演奏に戻っていまいます。(あえて対抗馬を選ぶならソロモンの演奏)。すっかりムードミュージックと化してしまったこの曲に、これだけの含蓄をもたせた演奏を他に知りません。アラウのピアノはよく「鈍重」と表現されますが、私にはアラウの音楽は必然性を感じ、決して鈍重に感ません。それは完全に人間の生理と整合しているからでしょう。
一楽章冒頭から実に深みのある音がします。むやみに鍵盤を叩きつけず、懐の深い音が体を包み込みます。ここだけでも普通の演奏とは全然違います。完全に晩年のアラウの世界です。展開部冒頭(5:36)、再現部のフェルマータの後(8:48)の沈鬱な表情など、初期のベートーヴェンの曲にこれだけの意味深さがあったのかと感嘆してしまいます。
そして二楽章。晩年のアラウ独特のポツポツ歩くようなアゴーギグが実に効果的。慈しむように奏でられる主要主題。何より感動的なのは主要主題が戻ってくるところ(2:28)で、リタルダンドをかけた後、主題が優しく優しく奏でられます。まるで寒い冬に手の中にある蝋燭の炎をかすかな風から大切に守ってあげているようです。このアラウの演奏を聴いてしまうと、他の演奏が聴けなくなるほど、繊細で優しさに溢れています。
三楽章はアラウの演奏を聴いてしまうと、他の演奏はいかにもせかせかしていて、深みに欠けて聴こえます。

しばらくアラウのベートーヴェンにはまりそうです。なんだか最近、懐かしさすら感じるアラウのピアノの懐の深さに身を浸したい心境です。

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いよいよ19日はchiakiさんのピアノ発表会。

まずこの発表会について簡単にご紹介します。高校時代のいじめが原因で心の病にかかってしまった、ブログ仲間のcalafさんのお嬢さんのchiakiさん。その病気を克服するためにお父様のcalafさんとお嬢様のchiakiさんが取り組んでこられたピアノ発表会です。(詳細は後述のcalafさんがお作りになったプログラムをご覧になってください。)

calafさんから早めに会場に来てもいいと言われていたので、早めに会場へ。会場に到着すると丁度タイミングよく調律が終わり、リハーサルが始まるところでした。厚かましくもリハーサルを拝聴させていただきました。

まずリハーサルを拝聴して思ったのは、以前calafさんがネット上で公開されていた演奏よりも確実に完成度が上がっています。
「普段もこんな感じでレッスンをしている」とおっしゃるcalafさんの厳しい指導。このレッスンにchiakiさんは一日何時間も、何ヶ月間も耐えたのか?まずそれだけでも驚きです。
会場も楽器も普段の練習とは異なるので、慣れるのに苦労されていたようですが、リハーサルの終わりでは実に美しい音が鳴り響き、「ああ、バッハだ」と嬉しくなりました。

開場後、私はcalafさんから受付係に任命されました(笑)。この日は私の他に東京からブログでお世話になっているromaniさんemiさんが応援団としていらっしゃるので、お二人にお会いするのも楽しみでした。romaniさん、emiさんはまさか私がdokuohだとは思わなかったようです(笑)。(意外とシャイなdokuohは自分から声をかけませんでしたが、挙動ですぐにromaniさん、emiさんと分かりましたよ!)
休憩中に4人でお話しましたが、年齢層もバラバラであるにも関わらず、何の違和感無しに会話が盛り上がりました。
また終演後、romaniさんとは加古川駅のドトール、新大阪に向かう電車の中で音楽談義に花を咲かせました。calafさんの時と同様ですが、初対面であるはずなのに全くそういう感じがしない、実に不思議です。しかもromaniさんはどこかでお会いしているような・・・。生活圏が近いので、どこかのCDショップで何度か顔を合わせているのかもしれませんね(笑)。

さて本番。calafさんの涙で詰まりながらの挨拶から始まりました。これまでのご苦労、想いが一気にこみ上げてきたのでしょう。

私は何よりこれだけの曲を弾きこなしたchiakiさんの集中力に驚きました。calafさんがお作りになったプログラムがこちらにあります。オール・バッハのプログラムで、アマチュアでは(プロでも)生半可な覚悟と努力では演奏できないプログラムであることがよく分かると思います。それをハンデを背負っているchiakiさんが弾きこなしたのです。これは物凄いことだと思います。私に同じことを達成する自信は皆無です。「ハンデを背負っている」というレッテルを貼って欲しくない、そういったバイアスなしでも凄いことなのだということを強調したいと思います。

リハーサルを聴いてしまった身としては、本番は技術的には必ずしも100%の出来ではなかったようですが、それは極々普通のことであり、むしろそんなことはどうでもいいと思えました。何より感動したのはcalafさんの教えである「音を機械的に鳴らすのではなく、音楽をすること」という教えを、chiakiさんが一生懸命実現しようとしているところです。音楽をしようとする想いが伝わってきて、胸が熱くなりました。

アンコールはchiakiさんの本領が発揮されたと思います。chiakiさん、calafさんのバッハへの、音楽への想いがビシビシ伝わって来ました。最後のゴルドベルク変奏曲のアリア。calafさんの歌声と共に奏でられた、ゆったりとした美しいアリアからは、お二人の溢れる想いが伝わって来ました。愛情に満ちたとても暖かい音楽でした。

本当に素晴らしいバッハでした。

音楽の力、親子の愛の力に心から感動した素晴らしい週末でした。chiakiさん、calafさん、本当にありがとうございました。(また、emiさん、romaniさんにも御礼申し上げます。)

【“加古川日記(2) ~chiakiさんのピアノ発表会編~”の続きを読む】

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昨日は仕事を早めに切り上げて、モザイクSQとW・マイヤーの演奏会に行ってきました。とても素晴らしかったです。室内楽の演奏会であそこまで感銘を受けたのは初めてかもしれません。

とにかくこの団体は音が美しい。ガット弦の素朴で暖かい響きと彼らの過激に走らないアプローチが大変心地よかったです。1st Vnのヘーバルトはあの大きい体でダイナミックに体を動かし演奏していながら、出てくる音は本当に美しいのです。Vcのコワンの冷静で下支えするチェロも素晴らしかったです。

曲目はハイドン「ラルゴ」、ベートーヴェン「セリオーソ」、モーツァルトクラリネット五重奏の3曲。

ハイドンで良かったのは美しいラルゴと終楽章の突進。CDには無いライブならではの緊張感が素晴らしかったです。

ベートーヴェンはズスケSQのようなドイツ的な演奏が好きで、モザイクSQのアプローチでは物足りなくなるかと思っていたのですが、終始素晴らしい緊張感で熱演を聴かせてくれました。

白眉はやはりモーツァルト。美しい響きを堪能しました。マイヤーは予想に反して緩急をかなり付け、大いに歌っていました。所々楽譜に無い装飾音符をつけ、ヘーバルトがそれに呼応して装飾音符をつけたりと即興的な面も楽しめました。バセットクラリネットの低音の魅力も堪能できました。所々微笑む演奏者達の笑顔が素敵でした。

マイヤーはヒゲを剃っていて、ずいぶんと私の知っている印象とは違いました。どう見ても有楽町界隈で一杯引っ掛けて上機嫌なサラリーマンのようで(格好もサラリーマンみたい)、愉快なおっちゃんという風貌。最後のカーテンコールから引き上げる時も、クラリネットを肩に担ぎバズーカのようにしておどけていました。吹いているときはとても楽しそうで、室内楽の醍醐味を堪能させてもらいました。

聴衆の質も高く(隣に座っていたおばちゃんを除いて)、オーディエンス・ノイズがほとんどありませんでした。聴衆も真剣に演奏に対峙しているのが分かりました。終演後は拍手の嵐でした。室内楽の演奏会であれだけの拍手を経験したのは初めてです。(しかし、隣のおばちゃん、演奏が始まってるのにチラシをペラペラめくって音を立てたり、メガネを探してガサガサしたりと凄い迷惑でした。周りに睨まれて、その後は大人しくなりましたが。)

室内楽の演奏会といえば、近年ABQの演奏会で二度痛い目に遭っていたのですが、今回は大満足の演奏会でした。管弦楽の圧倒的な音響での感動もいいですが、室内楽の心が温かくなるしみじみした感動もいいですね。


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bru8_kna_live.jpg

Bruckner Symphony No.8

Hans Knappertsbusch
Münchener Philharmoniker


DREAMLIFE (DLCA 7011)



ブルックナーはもういいとお思いになるとは思いますが、念願の演奏にようやく出会えたのでエントリします。久しぶりにヒストリカル録音を夢中になって聴きました。

フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、ワルター、シューリヒト、クレンペラー・・・。多くの人が一度は往年の巨匠の音楽が全てだと、古い録音ばかりあさる時期があったのではないでしょうか。私にもかつてありました。当時はそういった巨匠達の演奏が海賊盤で多く出ていたころでしたのでなおさらでした。当時DISQUES REFRAINというレーベルからクナッパーツブッシュ最晩年のブルックナーの8番のライブ録音が出ていて、とても聴きたかったのですが、学生の時分でお金がなく涙を飲んだのでした。その演奏がついに望みうる最高の音質で甦りました。
クナのブルックナーの8番と言えば、Westminsterから出ている有名なスタジオ録音がありますが、これはそれを上回る壮絶な演奏です。壮絶といっても基本的スタイルはスタジオ録音と同じで、直接的な迫力や派手な演出があるわけではありません。音色は渋く粛々と音楽が進むいつものクナのスタイルです。しかしその懐の深さ、スケールの大きさは空前絶後であり、ブルックナーの8番の頂点のみならず、ブルックナー演奏の頂点と言っても過言ではないでしょう。
クナのブルックナーは一言でいうならば「宇宙愛」。人間世界の小さな愛ではなく、宇宙スケールの愛、生命を育んだ偉大な愛なのです。このような宇宙愛の実践者はクナしかいません。この演奏には宇宙の法則が宿っているのです。
一楽章の冒頭、地の底から沸き上がる音。その意味深さ、スケールの大きさは他ではありえません。現代の基準で言うならば合奏の精度は悪く、縦の線は合っていません。しかし、この微妙なズレが巨大なスケール生み出し、巨大な威容が出現します。これを聴いてしまうと、アンサンブルとは何か考えさせられてしまいます。演奏精度だけを求めたメカニックな演奏のなんと虚しいことか!フォルテのスケールの大きさのみならず素晴らしいが弦のカンタービレ!第二主題の深々とした宇宙愛に満ちたヴァイオリンの歌!そして音楽の底に常に流れる凛とした寂寥感。全てのフレーズは息づき、宇宙と共に呼吸しています。コーダ前のスケールの大きさは恐怖すら感じます。宇宙が揺れています。自分の存在が消えてしまいそうです。
二楽章はスタジオ録音よりも覇気があり、音楽が生きています。そして常に豊かな寂寥感が漂っています。音楽が静かになるとそれは顕著で、トリオの味わい深さは随一でしょう。宇宙と比して自分の存在の小ささに想いを馳せてしまいます。
三楽章はスタジオ録音が少し弛緩した感があったのですが、この演奏はそんなことがありません。とにかく弦の音が深い。「宇宙のゆりかご」とも言うべき、懐の深さがあります。もう「美しい」とかそうい月並みの言葉を使うことすら憚れます。「美しい」を超えた美しさがここにはあります。
そして四楽章。宇宙が鼓動しています。大きく揺れています。もうこれは音楽ではありません。一体この音はどこから響いてくるのか?3K宇宙マイクロ波背景放射(宇宙全体から降り注ぐ、ビッグバンの名残りの電波)のように、全宇宙から降り注いでいます。再現部の冒頭のスケールの大きさは凄まじく、聴きながら呼吸が苦しくなり、震えてしまいました。コーダの前の寂寥感は、かつてこれほどに痛切に響いたことがあったでしょうか。そして、コーダ。ティンパニと共に立ち上がる音は、どこまでも大きく、天を仰いでしまいます。

終演後、拍手が鳴り始めたら一旦止み、その後物凄い拍手が起こります。聴衆が演奏のあまりの凄さに金縛りになって、そこから解かれていく様子が手に取るように分かります。こんな演奏を聴かされたら、どんな人でも固まってしまうでしょう。事実、演奏中のオーディエンス・ノイズが極端に少ないのです。聴衆も相当な緊張を強いられたのでしょう。ヴァント最後の日本公演でも同じでした。私もこの演奏を聴き終えて、涙を流しながら呆然としていました。
録音もモノラルながら状態が非常に良く、鑑賞に全く問題ないレベルで、音の潤いはスタジオ録音以上かもしれません。ブルックナーを愛する全ての人に、この宇宙愛を享受して欲しいと思います。

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Wagner Siegfried Idyll

Heinz Rögner
Radio Sinfonieorchester Berlin


BERLIN Classics (0094082BC)



本日、弟夫婦に元気な男の子が生まれました。母子共に健康です。最近明るい話題が少なかったので、大変喜んでいます。
年が近いため幼い頃からいつも一緒に遊んでいた弟。運動神経が良く背が兄よりも高くてハンサムな弟。兄とは対照的に爽やかで、バレンタインデーには毎年沢山チョコレートをもらってきて、一つももらえない兄貴に恵んでくれた弟(爆)。我々兄弟はとても仲が良く、そんな弟の吉事は我が事のように嬉しいのです(弟の結婚式は自分の結婚式よりも感動してしまいました)。そして私は本日「オヂサン」から「伯父さん」になりました(笑)。弟よ、伯父さんになってからもよろしくね♪
新しい命の誕生といって真っ先に思いつくのは、やはりワーグナーの「ジークフリート牧歌」です。ジークフリートを産んでくれた労をねぎらい、コジマの誕生日にプレゼントされたこの曲は、家族への深い愛情に溢れています。まさに溢れる愛情をそのまま音楽にしたような曲で、人はこんなにも暖かい曲を書けるのかと感嘆していまします。
この曲の一番のお気に入りは有名なレーグナーの演奏。レーグナーの演奏は今のところ私にとって敵なしの名演です。深い呼吸の弦、細部まで歌い込まれた優しい歌。この曲の理想的な演奏でしょう。弦のプルト数は多目ですが、それが分厚くなりすぎずにレーグナーらしいすっきりした響きになっています。そしてその音は細部まで磨かれ、そこに暖かさが宿っています。この優しさに溢れた深い呼吸の弦の歌に身を浸して、幸せな気分にならない人がいるのでしょうか。
冒頭の愛と平和の動機の弦の歌から深々として優しさに溢れています。レーグナーのアゴーギグは絶妙で、テンポを揺れがまるで母親にあやされて、抱っこされて腕のなかでゆれているようです。優しく心地よくゆれます。この母なる包容力がこの演奏の最大の魅力でしょう。弦楽器のみならず、管楽器もぶっきらぼうに吹くことは一切なく、全て音に優しさが宿っています。曲が盛り上がってからの弦楽器のカンタービレは凄く、歌いに歌っています。しかしレーグナーは変に濃厚にならずにすっきりとした響きを保っています。最後、曲が静かになって愛と平和の動機が戻ってからのヴァイオリンとチェロの掛け合いは涙なしには聴けません。

明日早速対面しに行きます。私の子ども達と一緒に仲良く育って欲しいものです。みんな元気にスクスク大きくな~れ!

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Haydn Cello Concerto No.1

Richard Tgnetti
Daniel Müller-Schott


ORFEO (C 080 031 A)



ハイドンの二つのチェロ協奏曲は、チェロ弾きであれば誰でも思い入れのある曲なのではないでしょうか。ずっとこの曲初のエントリをペレーニの演奏にしようかと思っていましたが、現在Orfeoのセール中であることから、このミュラー・ショット盤を先に紹介することにしました。
ハイドンの音楽を味覚にたとえるならば、通常甘味はそれほど含まれないでしょう。辛味も少なく、どちらかというと玄米のような素朴な味が適切かもしれません。よってティータイムには少し物足りないのです。しかし、この演奏はほんのり甘い。美味しい紅茶、コーヒーの御供にぴったりです。
ミュラー・ショットのチェロは甘味を含んでいます。メロンのように瑞々しく溢れる甘い果汁。ミュラー・ショットの音は本当に美しい。決して音が濁ったり硬くなったりしません。軽めの弓ながら乾いておらず、適度な色気があり、甘味があります。女性がこんな音を聴いたらすぐに惚れてしまうことでしょう。しかも彼は非常にハンサムです。天は二物を与えるのです。嗚呼、うらやまし(オヂサンのぼやき)。その彼が乾いている色気の少ないハイドンの曲を弾くと、あら不思議、ハイドンの音楽が甘味を帯びてきます。
一楽章冒頭のオーケストラから、透明感があり、品があってとても美しいです。フレーズの一つ一つを良く歌っています。チェロの独奏の入りも音を叩きつけるのではなく、やわらかくふくよかに鳴らします。音符一つ一つに細心の注意が払われ、一つ一つの音符にも表情がついています。また、感心したのが開放弦の扱い。この曲はどうしてもA線(音が一番高い弦)の開放弦を使わなければならない場面があるのですが、開放弦が開放弦のように聴こえません。他の演奏ではこの開放弦が目立つケースが少なくありません。技術的にも大変優れているといえるでしょう。
二楽章の美しさは特筆すべきでしょう。しっとりと美しく歌い上げています。高音域でも決して音が硬くなりません。ボウイングのみならずヴィブラートも実によくコントロールされています。カデンツァは本当に美しい。遠鳴りしてるようで、まるでバッハの無伴奏の緩徐楽章を聴いているようです。
三楽章の躍動感も素晴らしいです。三楽章は曲調から美感を失うことがあるのですが、この演奏はそんなことはありません。独奏、伴奏ともに透明感を失っていません。しかも透明感と両立しにくい躍動感にも溢れています。軽めの弓ながら、ただ音を飛ばすのではなく、所々たっぷり音価ギリギリまで歌っています。
この演奏は伴奏も大変素晴らしく、この曲の伴奏の中でも五本の指に入るでしょう。ミュラー・ショットのチェロが浮くことなく、しっかり寄り添っています。しかもミュラー・ショットのチェロ同様、音に透明感があり非常に美しいのです。この一体感が素晴らしい。ハイドンに必要な躍動感にも事欠きません。独奏、伴奏ともに優れたファーストチョイスにしてもおかしくない名演です。

久しぶりにハイドンのチェロコンをさらいたくなりました。これから、マンションの集会室を借りてちょっとだけさらってみることにします。

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  • 最近老け込んで、見た目もすっかり年相応になってしまったバカ親パパのサラリーマンです。最近は、仕事、子育て、親の面倒に追われ、音楽を聴く時間もまともに持てなくなってますが、ストレス解消に無謀な数のCDを買いつづけています。^^;

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