
Beethoven String Quartet No.13
Gewandhaus Quartett
NCA (NCA60139)
ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲の中でも、この曲に開眼したのはかなり遅かったように思います。この曲を本当に好きになったのは、この演奏と出会ってからでしょうか。同じ多楽章形式で冒頭からただならぬ雰囲気の14番、モルト・アダージョが大好きな15番や「後期への幕開け」の12番などと比較すると、セレナーデ的性格を持ったこの曲は、少し軽く感じられたのでしょう。しかし、今では全体を通して一番聴くのはこの曲かもしれません。どこか異国情緒が漂い(といっても国というより、あちらの世界と言った方が適切か)、他の後期弦楽四重奏曲よりも内省的で、ベートーヴェンの精神が一番自由に羽ばたいています。
ゲヴァントハウスSQの技術力の高さはアウリンSQに匹敵するでしょう。完璧なアンサンブルを聴かせてくれながら、エッジを効かせるのではなく、いい意味で角が取れており、硬質な音は一切しません。ふくよかに豊かに鳴らします。その点、ズスケSQやオーケストラだとシュターツカペレ・ドレスデンの美質に通じるものがあります。
特筆すべきは1st Vnのエルベンで、アウリンSQのリンゲンフェルダーと同等の技術と音楽性の持ち主ではないでしょうか。後期弦楽四重奏は下手な協奏曲の独奏よりも難しいと言われますが、無駄な力の抜けた美しい歌を随所で聴かせてくれます。
また2nd Vnのコンラート・ズスケの音楽性も特筆すべきでしょう。1st Vnに見事に寄り添いながら、歌うところは見事に歌います。
ゲヴァントハウスSQはその技術力を余すところなく出しながら、極めて自然な表現で立体的な構築感のある名演を成し遂げています。通常この曲の構築性を前面に押し出そうとすると押し付けがましい演奏になりがちになり、内省的な面を前面に押し出すと、枯れすぎてしまうのですが、ゲヴァントハウスSQは見事に両立させています。
一楽章序奏を抜けてアレグロに入ったときのヴァイオリンも硬くならずに羽ばたいています。
二楽章の躍動感も申し分なく、硬くならないのはさすがです。
この曲は五楽章のカヴァティーナばかり目立つのですが、私は三楽章がとても好きです。ここはエルベンの独壇場。このどこかのどかな美しい歌を完璧に歌い上げています。(4:50)からの上行音形の美しいこと!
四楽章のレントラーもエルベンの歌の素晴らしさが際立っています。過剰に拍感ををつけず、どこかのどかな感じで好感が持てます。
五楽章カヴァティーナ。ベートーヴェンが書き残した緩序楽章の中で、15番のモルト・アダージョに並ぶ名作だと思います。特に(3:55)からのヴァイオリンのレチタティーヴォ風の歌は言葉になりません。どこか絶望していながら、「もう頑張らなくていいんだ」といった安堵の気持ちが入り混じり、とても切ない気持ちになります。ここのエルベンは完璧で、これほど胸に迫る演奏はありません。安らぎと切なさがゆるやかに渦を巻いて心をかき乱します。
フィナーレ。ベートーヴェンは当初は大フーガをこの楽章に置き、後に出版社からの進言により新しいフィナーレに差し替えました。最近はベートーヴェンの意思を尊重して大フーガを持ってくる演奏が多いですが、私は絶対的な新フィナーレ派です。事実上、この新フィナーレがベートーヴェンが作曲した最後の曲になるわけですが、「深淵なユーモア」とも言うべきベートーヴェンの魂の最後の自由な飛翔に心から惹かれるのです。これは決して「軽い」音楽ではありません。その自由な魂に触れるとき、聴き手の心も開放されていきます。
冒頭からおどけたヴァイオリンが清々しく、嫌味が一切ありません。(2:00)(5:48)からはこの楽章で一番好きなところなのですが、ユニゾンの歌は懐が深く優しさに溢れており、何度聴いても幸せな気持ちで一杯になり、涙が溢れます。最後盛り上がるところでも決して力まず、常に「自由」です。これがこの演奏最大の美質ではないでしょうか。
ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲の偉大さは、遥かな精神の高みをたたえながら、常に等身大で身近であり、音楽と対峙するというよりも、音楽が体の中にすっと溶け込むところにあるように思います。こちらは構えなくても同化できる。ゆえに私はズスケSQやこのゲヴァントハウスSQの行ったような自然さを獲得した演奏を心から敬愛するのです。
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