DokuOh ~独墺系クラシック音楽~

クラシック音楽、特に独墺系(ドイツ、オーストリア)の作曲家について、CDレビュー中心のブログです。

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久しぶりの投稿です。かなり時間が経ってしまいましたが、先月私の一番好きなオーケストラのシュターツカペレ・ドレスデンと今一番旬な指揮者のクリスティアン・ティーレマンとの演奏会を聴きに行きました。曲はリヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼンとそして私が心から愛しブルックナーが愛する神に捧げた交響曲第9番。

メタモルフォーゼンはやはりこのオーケストラの弦セクションの美しさが高次元に発揮された演奏でした。なんと美しい音色とハーモニー!日本のオーケストラも演奏技術のレベルが上がりましたが、やはり超えられない壁を感じました。

続くブルックナーは壮絶な演奏でした。所々呼吸が乱れ息苦しくなり、音楽に飲まれるほどでした。何よりすごいのが音圧。ホールが揺れるほどの圧倒的な音でした。所々粘り過ぎなところがあるものの、ゆったりとしたテンポで呼吸の深いブルックナーを聴かせてくれました。二楽章スケルツォのダウンボウや三楽章は粘り過ぎの感がありましたが、そのうち灰汁も取れていくでしょう。忘れもしない2000年11月12日。ギュンター・ヴァント最後の日本公演で同曲を聴いて意識を失う寸前までいきましたが、それに次ぐ演奏でした。現在これだけのブルックナーを聴かせられる指揮者は数少ないのではないでしょうか。

一生の間にあと何回これだけの演奏が聴けるのか。ティーレマンはまだ若いので、今後が楽しみです。


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beet3_stein.jpg

Beethoven Symphony No.3 "Eroica"

Horst Stein
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin


WEITBLICK (SSS0099-2)



突然ですが、中学校の英語の勉強です。冠詞はかなり始めのほうで習いますが、なかなか奥が深いです。普段仕事で英語を使っていながら"a/an"と"the"の使い分けは悩むことが多いです。とあるウェブサイトには"the"は「常識的にたった一つしかなこと」に付けるものとされています。たった一つしかない"the Sun"や"the first~"などなど。そこから転じて、日本語で使う場合には「普通名詞をその典型を表す固有名詞のように扱ったりする。」ともあります。

あまたあるエロイカの演奏の中で、「たった一つ」のエロイカを体現する演奏がこの最晩年のシュタインの演奏です。「たった一つ」とは決してこの演奏以外を認めない、この演奏が最高でこれ以外はいらないと意味しているわけではりません。フルトヴェングラーフリッチャイなど、往年の巨匠の演奏もかけがえのない素晴らしさです。この演奏にはエロイカに求める力強さ、雄大さ、優しさ、高貴さなどが全て詰まった理想的なエロイカなのです。頭の中にある「こうしてほしい」が全て理想的に音になっています。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、ドイツ音楽の最高峰たるエロイカの理想形という意味で"the"なのです。

全体で60分もかけるテンポの遅さながら全く弛緩せず、遅い、だるいと感じることが一切ありません。遅いテンポながら一貫して適度な緊張感が貫かれており、重心の低い音と共に雄大な音楽が展開されます。そしてところどころティンパニの強打や金管の強奏のスパイスが全体の味を引き締めます。そのスパイスの利かせ方がバランスが取れていて絶妙です。

一楽章冒頭の和音、チェロの雄大なテーマは力むことなく、七分くらいの力で奏でられます。これはクライマックスの展開部やコーダへの伏線であり、無闇に最初から荒ぶらず、全体の設計がしっかりされています。再現部(15:12)のティンパニの強打や、(18:17)からの力強いファンファーレはスケール極大。

二楽章冒頭から一貫した引きずる沈鬱な表情が素晴らしく、特に(2:15)からのゆっくり奏でられる遠鳴りするチェロのすすり泣きは完璧で、これぞ「ザ・葬送行進曲」です。

軽くなりがちな三楽章もティンパニの重い音が効いており、重くなりすぎない絶妙な打音で音楽にスケール感を与えています。

この演奏は何度も繰り返し連続して聴いていたら、娘から「なんで何度も同じ曲を聴いているの?」と聞かれてしまいました。それくらい素晴らしく、また聴いていて飽きが来ないエロイカの理想的演奏なのです。

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brahms_sex2_verdi.jpg

Brahms String Sextet No.2

Verdi Quartett
Hermann Voss (Vla)
Peter Buck (Vc)


hänssler (98.518)



もしも、写真を音楽に変換出来る「写音変換器」を使って、とぼとぼと歩く晩年のずんぐりとしたブラームスの写真を変換したら、このような演奏になるのではないでしょうか(似たようなことが出来るスマートフォンのアプリがあるようです。)。内省的な音楽の内省的な演奏。ブラームスの音しかしないこの曲の理想的な演奏です。派手さや過度の重厚さは一切なく、曲が盛り上がっても音は沈み込み、不器用で切なさすら感じる歌。最初聴いたときは地味な印象を受けましたが、聴けば聴くほど心に浸透していきます。そしてあまりに愛おしくなり心の宝物になる、そんな演奏です。不惑を越え、人生を折り返した私の心をつかんで離しません。

ブラームスの弦楽六重奏曲は1番のほうが有名で人気がありますが、私は内省的な2番をより好みます。2番は以前紹介したライプツィヒSQのカップリングをよく聴いていましたが、ヴェルディSQの演奏は現代的で洗練されたライプツィヒSQの演奏とは対照的です。クレジットを見てびっくりしたのですが、共演するのはヴェルディSQの師匠格にあたる敬愛するメロスSQの二人ではないですか!それを見て演奏の方向性と名演の誕生に妙に納得してしまいました。

例えば一楽章の大好きな第二主題(2:21)。私はここに晩年のブラームスの中の繊細で純粋な少年の心を聴きます。その純粋さに涙を抑えることが出来ません。コーダ(13:03)からは心をえぐる歌が盛り上がっていく様はとても感動的です。
二楽章、(3:24)からのフォルテでも決してわめくことなく、かっこつけることなく、淡々としている中に真実の音があり無類の説得力があります。全く軽薄さがありません。
三楽章、静かな楽章では無類の寂寥を湛えます。盛り上がってから戻ってくるところ(4:51)など白眉でなんて切なく美しいのだろう!
頭でっかち尻つぼみなブラームスの室内楽にあって、この四楽章は聴かせます。

シューベルトでも素晴らしい演奏を聴かせてくれたヴェルディSQ。現代の迷走する弦楽四重奏団とは一線を画した、「演奏」よりも「音楽」を感じさせてくれる数少ない団体として、今後も注目していきたいです。

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scubert_verdi.jpg

Schubert String Quartets

Verdi Quartett


hänssler (98.546)



今となっては知る由もありませんが、シューベルトの声は小さかったのではないでしょうか。想像の域を出ませんが、交響曲などの大規模な曲よりも歌曲や室内楽で適性を示した彼の作風からしても、想像に難くありません。しかし、最近シューベルトを騒がしく演奏する団体が多く、それに疑問を感じずにはいられません。ダイナミクスに頼ったカタルシスでは彼の音楽を殺してしまうと思うのです。

急に涼しくなった初秋にはシャイな「小声」の音楽が似合います。ヴェルディSQの奏でる音楽は、ポーズを取って大声で叫ぶのではなく、しみじみと小声で歌います。「動」よりも「静」。そしてそこにはシューベルトの絶望と孤独に必要な「粛」が同時に存在しています。「静」だけでは退屈になりがちですが、そこに「粛」がある「静粛」な歌だからこそシューベルトの音楽が生きるのです。シューベルトの弦楽四重奏曲全集は、アウリンSQシネ・ノミネSQとこのヴェルディSQがあれば、もう他はいらないかもしれません。しかも大好きな弦楽五重奏曲も含まれているのが嬉しいです。

師匠格のメロスSQのようにリズムは重く、今どきの弦楽四重奏団にしてはダイナミクスレンジが狭いです。弾き飛ばさないかわりに朴訥としてしみじみとした歌があり、聴き手に緊張を強いることなく心に音楽がスッと入ってきます。これこそシューベルトの音楽ではないでしょうか。

今後折を見て、このヴェルディSQが演奏するいくつかのシューベルトの弦楽四重奏曲を紹介したいと思います。

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J.S.Bach 6 Cello Suites No.6

Miklos Perenyi


ECM (476 4166)



もはや音楽というよりも「聖者の講話」と言うべき演奏。しかも、鍛錬を積み克己し人智を超越した高みを目指せと説くのではなく、無限の宇宙に対して限りある身近な小さな生を慈しみ、ありのままを肯定して包み込む卑近な言霊。

チェロの聖者ペレーニを扱うのは意外にもこれが初めてです。これはバッハの無伴奏チェロ組曲の中でも特筆すべき演奏です。楽器の音はせずに「美しい」という言葉では追いつかない物理的美を超越し、生命の持つ温かみを湛えた音がします。この難曲を一切の綻びなく演奏するテクニックは完璧であるにも関わらず、決してそれを見せびらかすことをしない。これを「無私」と言う人もいるでしょう。しかし、「無私」というのは適切な言葉ではないと思うのです。感情がなのではない、自我を殺しているわけでもない。音楽の芯には確かにペレーニという一人の人間である「聖者」のぬくもりがあり、音楽で人々に奉仕しようという「エゴ」があります。

プレリュードから懐が深く、勢いで緊張を強いることなく聴く者を包み込みます。ガヴォットやジーグも同じで音楽に無駄な圧力が一切ありません。静かな曲調のアルマンドや大好きなサラバンドは白眉。私は残念ながらこれを表す言葉を持ち合わせていません。

ペレーニは二度バッハの無伴奏チェロ組曲全曲録音をしていますが、一回目はLPのみ、二回目はDVDのみなので、これを皮切りにECMレーベルで全曲録音をしてもらいたいものです。

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bru5_blomstedt.jpg

Bruckner Symphony No.5

Herbert Blomstedt
Leipzig Gewandhaus Orchestra


Querstand (VKJK 0931)




「草食系指揮者」。「草食系」という言葉は巷ではあまりいい意味で使われませんが、「草食系」であることはブルックナー指揮者に必要な資質であると思うのです。ここで言う「草食系」とは、感情剥き出しにて自我を押し通すスタイルの音楽ではなく、作曲家に奉仕し神に奉仕する音楽家を意味します。菜食主義者で敬虔なキリスト教信者で知られるブロムシュテットは、まさに「草食系」であり、ブルックナー指揮者である資質を持った指揮者だといえるかもしれません。シュターツカペレ・ドレスデンとのブルックナーの名演で知られるブロムシュテットですが、近年晩年になりさらに深みを増し、いよいよ過去の名だたる名ブルックナー指揮者たちの仲間入りを果たした感があります。

全てが堂に入った演奏。ブルックナーに必要な美しさ、力強さ、深さ、呼吸、全て揃った稀に見る名演です。CD一枚に収まる演奏時間でも呼吸は深く、CD一枚に収まるブル5ではトップを争う演奏でしょう。

大地を踏みしめるような力強くスケールの大きい一楽章、三楽章、とても美しく深い慈愛に満ちた大好きな二楽章。一切弛緩することなく巨大なフーガの伽藍を築き上げる四楽章。そして夜空を越えその先の宇宙へ広がっていく巨大なコーダ。何一つ足りないところはありません。

さて、数年前にブロムシュテットとN響のブル7を聴きましたが(コンサートマスターは元シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスターだったミリング!)、カーテンコールに呼び出されて舞台で頭を下げるブロムシュテットは、後光が差すような澄んだ笑みを湛え、その姿を見るだけで涙が溢れました。少しでもあのような歳の取り方をしたいと思わずにはいられません。

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bru6_blomstedt.jpg

Bruckner Symphony No.6

Herbert Blomstedt
Leipzig Gewandhaus Orchestra


Querstand (VKJK 0816)




前回のヨッフムのブル6の冒頭でブルックナーの音楽は男性性だと言っておきながら、再び「乙女」というのはいささか奇妙に映るかもしれません。ヨッフムのブル6を大らかな「肝っ玉母さん」に例えるなら、繊細で瑞々しいブロムシュテットはさながら「乙女」でしょうか。細部まできめ細かく配慮が行き届いており、繊細ながら神経質なところは皆無。聴きながらしっとりした感動に包まれます。この「しっとり感」がこの演奏の特徴と言えるかもしれません。

ゲヴァントハウス管とブルックナー全集を完成させたブロムシュテットですが、初期に録音した8番や7番は少し呼吸の浅さが気になったものの、この演奏はそのようなことは一切なく、細かくコントロールされたアゴーギグやデュナーミクも自然で堂に入っており、ブルックナーに必要な呼吸感があります。

一楽章(1:38)からの第二主題、再現部の(10:40)はやや停滞気味に弱めに奏でられ繊細でしっとりしています。先のヨッフムのブル6でも書いたことですが、最近はここをゆったり美しく歌う演奏に惹かれ、神々しいコーダと共に聴くポイントになっています。コーダのリタルダンドも自然でアンサンブルが崩れることなく完璧に決まっています。

二楽章も繊細さが際立っています。多少線が細いヴァイオリンの調べは決して神経質ではなく、聴く者に緊張を強いません。またテンポの動きが絶妙で、(14:41)からのフレーズの着地は素晴らしく、心ゆくまで歌います。

今や押しも押されもせぬブルックナー指揮者となったブロムシュテット。次は5番を紹介したいと思います。

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